本当にあったゾッとする話10 - ヒッチハイカー -
学生時代、私は車の免許を取り、中古の安いクーペを買った。
その頃は車を運転するのが楽しくてたまらなかった。だから、車でふらりと出かけることがよくあった。ただ車で走りたかっただけで、別に目的があったわけでもなく、当然目的地も無い。ただひたすら、気の向くままに車を走らせるのだ。
昼間は大学やバイトで忙しいので、必然的に走るのは夜が多かった。行先は、都心の赤坂や六本木のこともあったし、高尾山などの山だったり湘南方面の海だったりした。
ある秋の日、私はバイトから自宅に帰って来てから、いつものように走りたくなり、再度家を出て車に乗った。今日は山の方に行ってみようかと思い、とりあえず甲州街道に出て山梨方面に向かった。時間はそろそろ日付が変わる頃だったと思う。
甲州街道を走って相模湖付近まで来たところで、横断歩道だけの小さな信号に引っかかった。以前に信号無視で捕まったことがある私は、このような信号も無視せずにしっかりと停止する。
信号が青に変わるのを待っていたとき、誰かが助手席側の窓をコンコンと叩いた。
夜の闇を透かして見ると、一人の男が窓の側に立っていた。年齢は30代くらいに見え、中肉中背の人の良さそうな男で、弱々しい笑みを浮かべて私を見ていた。
私は警戒しながら少しだけ助手席側の窓を開けた。
「何か用ですか?」
私の問いかけに、その男は抑えた丁寧な言葉で答えた。
「申し訳ありませんが、少しだけ車に乗せてもらえないでしょうか。ほんの数キロ先までで良いのです。」
「どうしたんですか?」
「実は、この先のホテルに泊まっているのですが、急に具合が悪くなって、そこの病院で治療してもらったんです。治療が終わってホテルに戻りたいのですが、足が無くて困っています。」
そう答えた男は本当に困っている様子だった。一人っきりの深夜のドライブに些か無聊を感じ始めていた私は、気分を変えるのもいいかと思い、ドアロックを解いて男を車に迎え入れた。
男はしきりに感謝し、実はホテルには彼女と二人で泊まっていて、今も彼女をホテルに待たしている、だから、できるだけ早く戻りたい、などど話した。
そして本当に数キロ、時間にして10分も経たない所で、男はその辺りで結構です、と言った。
道路は盛り土の高架になっていたが、高架を降りた少し先に、毒々しいネオンの看板を付けたラブホテルが見えた。なんだ、ホテルとはラブホテルのことか、彼女をラブホテルに待たしていたのか、と思いながら道路脇に車を止めた。男は何度も礼を言いながら車を降りた。私も、なんとなく男に興味が湧いて、本当にあのラブホテルに泊まっているのか確認したくなり、男を見送ろうと考えて車を降りた。そして、気が付いた。
今、車を降りたばかりの男は、どこにもいなかった。
盛り土の高架の所々に薄の塊があったので、その陰に隠れて見えないのかと思い、角度を変えて何度も見直したが、男は煙のように消えてしまっていた。ただ秋の夜風に薄の穂が揺れているだけだった。
私は不審に思いながら、そのまま車に戻って深夜のドライブを続けた。
その後も男のことは頭のどこかに引っかかっていて、夜の甲州街道を走る度に、男のことを思い出した。
あの男が今も、相模湖付近の信号の所で、自分を乗せてくれる車を待っているような気がしてならなかった。
- 完 -
作品名:本当にあったゾッとする話10 - ヒッチハイカー - 作家名:sirius2014