エヴァンス
「――やべ、うたた寝した」
寒い季節、コタツでうっかり寝てしまった。歯磨きもしてないし、風呂にも入り忘れた。
深夜2時、
今からではもう面倒だ。このまま寝てしまおう。蓮は布団の上にダイブした。
瞬間、下腹部に衝撃が走った。
「うあっ!」
思わず声を上げ、驚いて見ると、そこには半裸の女性がいた。
混乱していたせいか、それが誰なのか一瞬分からなかったが、目の前にいるのは元彼女だった。
「なっ! どうしてこんなところで……何をしているんだ!?」
蓮は混乱していた。彼女とは別れてしまったのだし、こんなところに現れるはずもない。そもそも、どうして裸なのか? 何一つとして分からなかった。
「ふふ、そんなこと言って……ほんとは会いたがってたくせに、
「蓮の可愛い声、久しぶりに聞きたい」
「ふふ、本当にいいの? 本当はそんなこと思っていないくせに……。
脱がしちゃうね」
「あら? 帰れ、なんて言っておきながら、脱がしやすいように腰を上げてくれるんですか?」
蓮は恥ずかしさと甘い欲が自分に押し寄せてくるのを感じた。
しかし、蓮の中でこれ以上ないほどに違和感があった。
(彼女こんなに淫靡な笑いをする女だったか? いや、それ以前に、何か重要なことを忘れている気がする)
○
「そのまま夢に委ねていれば良かったのに、目覚めてしまったのですね」
唐突に声が聞こえてきて、蓮は驚いて辺りを見渡した。声は女性のもので蓮には聞き覚えのないものだった。しかし、寝ね呆ぼけ眼まなこのせいか、その姿を見つけられない。
部屋の様子は変わっていて、蓮が使ってるのは安物の薄い布団だったのに、今は沈みそうなほど柔らかい上質の布団で、ベットになっていた。
ベットに差し込んでくる光はステンドグラスを透過していて、様々な色を演出している。
ベット周りだけでなく、部屋の中全体がステンドグラスからの光が差し込む。
足元には高級絨毯が敷き詰められ
(……つまり、ここは俺の部屋じゃない?)
「魔界、淫魔族自治区、西部、ラピス家の屋敷です」
声に振り向くとシスターがいた。
早口で聞き慣れない単語が続いたせいで、何を言われたのかよく分からなかった。『ラピス家の屋敷』という単語だけ聞き取れた。
どうやら、誘拐されて連れてこられたらしい。蓮はそこまで考えて、はじめに言われた魔界という単語が、今頃になって彼の頭に滑り込んできた。
魔界? 冗談はやめ……
「冗談ではありませんよ? これを見てくださいませ」
シスターが小首を傾げながらそう言ったかと思うと、シスターの背中から何かがゆっくりと現れた。
それは無数の蛇のような触手で、無数の蛇は凝固しコウモリの羽の様に変身した。
さあっと血の気が引いていくのを感じた蓮。
人と、ほとんど同じ姿であるのに、おぞましい蛇の翼を持つその存在
「あ、悪魔っ!」
蓮の一言を聞いてほんの少し不満そうにしたシスター。
「少し違います。確かに魔族であることには変わりはありませんが、私は悪魔族ではなく、淫魔族。――サキュバスのロザリオ。モナカ・ロザリオといいます。以後よろしゅうに」
ロザリオはそう言うと頭を下げ、スカートの両端を摘んで礼をした。
蓮はロザリオへの恐怖を捨てきれない。しかし、美しい動作に思わず見惚みとれた。
「それで、俺はどうしてこんな所に連れてこられたんだ? 誘拐か?」
ロザリオはきょとんとした顔をすると、微笑んで、
「そうですね。身代金目的ではありませんが、誘拐は誘拐になりますね」
「じゃあ、何が目的で……まさか、俺の命を取ろうって言うんじゃ」
「そんな野蛮なことは致しませんよ。確かに、悪魔族の中にはそういうことをする方もいますが、私たちは淫魔族。そんな、はしたないことは私たちの性に合いません」
「じゃあいったい……まさか、魂か!」
「いえ、実際のところは事故なのです。計らずともここにお連れする結果になってしまいました」
『…事故?? 』
「失礼ですが、蓮様はサキュバスというものをご存じですか?」
??
「サキュバスというのは淫魔族の中で一番ポピュラーな種族です。淫魔、淫みだらな魔という、読んで字のごとく男の人に性的な夢を見させて、精液をむさぼる生き物です」
『精液をむさぼる』
胸の鼓動が早くなる。
「それで――」
思わずゴクリ
「俺の、その……せ、精液を、……つもりなんですか?」
蓮は恐怖と期待と羞恥心の入り交じった声で訪ねた。
ロザリオは蓮から童貞特有の異性への苦手意識を感じ取り、笑みを浮かべた。
「ふふふ、そうですね」
ロザリオはそう言いながら、蓮の方に近付き、ずいっと顔を近づけた。
「それもいいかもしれません」
今にも接吻くちづけをしそうなほど顔が近い。ロザリオの呼気が顔につく。
「ですが、蓮様の期待には残念ながら応えられません」
ロザリオはそう言って、異形の羽根を仕舞いながらくるりと踵を返す。
「サキュバスには不文律として、一度サクセイに失敗した獲物を二度襲ってはいけないという決まりがあるのです
蓮「サクセイ?」
ロザリオ「精液を搾ると書いて『搾精(さくせい)』です」
ロザリオ「そう言うわけですので、私はもう蓮様を襲って差し上げることは出来ないのです。申し訳ありません」
蓮「謝られましても…。サクセイとやらをされた覚えがないのですが…
「もうお忘れになっているかも知れませんが、昨晩の夢で私は蓮様を誘惑いたしました。まあ、失敗してしまいましたが」
そう言ってロザリオは不服そうな顔をした。その不満顔を見ていて、連は過去に付き合っていた彼女の存在を思い出した。
【こんなになった私でも……、愛してくれる?】
そんな言葉が思い出され、連は思わず胸に痛みが走る、
そんな連の様子を知ってか知らずか、ロザリオは言葉を続けた。
「ですが、せっかく私たちインマ族の城に来ていただいたのに精液を一滴も出さずに帰すなんていうことはサキュバスの名家、ラピス家の名折れ。せっかくですので、お姉様のお相手をしてもらえないでしょうか」
「ロザリオさんの――姉、ですか」
「ええ、エヴァンスという名の……姉、です」
嫌悪した蓮。本来、好きになったもの同士でやるべきことのはず。まるで漫画本を貸し借りするようなロザリオの言い方に、蓮はバイト先のセクハラ店長のことを思い出した。
ロザリオは蓮の感情に気付いたようで、少し冷たい声で、
「蓮様は嫌がるかも知れませんが、私たちにとってはそう言った行為は魔力供給のための、言わば食事の延長のようなもの。恋とか愛といった感覚はあまりないのですよ」
「ちなみに断ったらどうなります? 」
「生きて帰れるとは思わないでください」
○
――こんこん。
「お姉様、精を連れて参りました」
ロザリオが扉を開けた瞬間に、鋭い声が響いた。
同時に、蓮の身体が硬直した。
まるで、身全体を硬い膜で覆われるような閉塞感が襲った。
寒い季節、コタツでうっかり寝てしまった。歯磨きもしてないし、風呂にも入り忘れた。
深夜2時、
今からではもう面倒だ。このまま寝てしまおう。蓮は布団の上にダイブした。
瞬間、下腹部に衝撃が走った。
「うあっ!」
思わず声を上げ、驚いて見ると、そこには半裸の女性がいた。
混乱していたせいか、それが誰なのか一瞬分からなかったが、目の前にいるのは元彼女だった。
「なっ! どうしてこんなところで……何をしているんだ!?」
蓮は混乱していた。彼女とは別れてしまったのだし、こんなところに現れるはずもない。そもそも、どうして裸なのか? 何一つとして分からなかった。
「ふふ、そんなこと言って……ほんとは会いたがってたくせに、
「蓮の可愛い声、久しぶりに聞きたい」
「ふふ、本当にいいの? 本当はそんなこと思っていないくせに……。
脱がしちゃうね」
「あら? 帰れ、なんて言っておきながら、脱がしやすいように腰を上げてくれるんですか?」
蓮は恥ずかしさと甘い欲が自分に押し寄せてくるのを感じた。
しかし、蓮の中でこれ以上ないほどに違和感があった。
(彼女こんなに淫靡な笑いをする女だったか? いや、それ以前に、何か重要なことを忘れている気がする)
○
「そのまま夢に委ねていれば良かったのに、目覚めてしまったのですね」
唐突に声が聞こえてきて、蓮は驚いて辺りを見渡した。声は女性のもので蓮には聞き覚えのないものだった。しかし、寝ね呆ぼけ眼まなこのせいか、その姿を見つけられない。
部屋の様子は変わっていて、蓮が使ってるのは安物の薄い布団だったのに、今は沈みそうなほど柔らかい上質の布団で、ベットになっていた。
ベットに差し込んでくる光はステンドグラスを透過していて、様々な色を演出している。
ベット周りだけでなく、部屋の中全体がステンドグラスからの光が差し込む。
足元には高級絨毯が敷き詰められ
(……つまり、ここは俺の部屋じゃない?)
「魔界、淫魔族自治区、西部、ラピス家の屋敷です」
声に振り向くとシスターがいた。
早口で聞き慣れない単語が続いたせいで、何を言われたのかよく分からなかった。『ラピス家の屋敷』という単語だけ聞き取れた。
どうやら、誘拐されて連れてこられたらしい。蓮はそこまで考えて、はじめに言われた魔界という単語が、今頃になって彼の頭に滑り込んできた。
魔界? 冗談はやめ……
「冗談ではありませんよ? これを見てくださいませ」
シスターが小首を傾げながらそう言ったかと思うと、シスターの背中から何かがゆっくりと現れた。
それは無数の蛇のような触手で、無数の蛇は凝固しコウモリの羽の様に変身した。
さあっと血の気が引いていくのを感じた蓮。
人と、ほとんど同じ姿であるのに、おぞましい蛇の翼を持つその存在
「あ、悪魔っ!」
蓮の一言を聞いてほんの少し不満そうにしたシスター。
「少し違います。確かに魔族であることには変わりはありませんが、私は悪魔族ではなく、淫魔族。――サキュバスのロザリオ。モナカ・ロザリオといいます。以後よろしゅうに」
ロザリオはそう言うと頭を下げ、スカートの両端を摘んで礼をした。
蓮はロザリオへの恐怖を捨てきれない。しかし、美しい動作に思わず見惚みとれた。
「それで、俺はどうしてこんな所に連れてこられたんだ? 誘拐か?」
ロザリオはきょとんとした顔をすると、微笑んで、
「そうですね。身代金目的ではありませんが、誘拐は誘拐になりますね」
「じゃあ、何が目的で……まさか、俺の命を取ろうって言うんじゃ」
「そんな野蛮なことは致しませんよ。確かに、悪魔族の中にはそういうことをする方もいますが、私たちは淫魔族。そんな、はしたないことは私たちの性に合いません」
「じゃあいったい……まさか、魂か!」
「いえ、実際のところは事故なのです。計らずともここにお連れする結果になってしまいました」
『…事故?? 』
「失礼ですが、蓮様はサキュバスというものをご存じですか?」
??
「サキュバスというのは淫魔族の中で一番ポピュラーな種族です。淫魔、淫みだらな魔という、読んで字のごとく男の人に性的な夢を見させて、精液をむさぼる生き物です」
『精液をむさぼる』
胸の鼓動が早くなる。
「それで――」
思わずゴクリ
「俺の、その……せ、精液を、……つもりなんですか?」
蓮は恐怖と期待と羞恥心の入り交じった声で訪ねた。
ロザリオは蓮から童貞特有の異性への苦手意識を感じ取り、笑みを浮かべた。
「ふふふ、そうですね」
ロザリオはそう言いながら、蓮の方に近付き、ずいっと顔を近づけた。
「それもいいかもしれません」
今にも接吻くちづけをしそうなほど顔が近い。ロザリオの呼気が顔につく。
「ですが、蓮様の期待には残念ながら応えられません」
ロザリオはそう言って、異形の羽根を仕舞いながらくるりと踵を返す。
「サキュバスには不文律として、一度サクセイに失敗した獲物を二度襲ってはいけないという決まりがあるのです
蓮「サクセイ?」
ロザリオ「精液を搾ると書いて『搾精(さくせい)』です」
ロザリオ「そう言うわけですので、私はもう蓮様を襲って差し上げることは出来ないのです。申し訳ありません」
蓮「謝られましても…。サクセイとやらをされた覚えがないのですが…
「もうお忘れになっているかも知れませんが、昨晩の夢で私は蓮様を誘惑いたしました。まあ、失敗してしまいましたが」
そう言ってロザリオは不服そうな顔をした。その不満顔を見ていて、連は過去に付き合っていた彼女の存在を思い出した。
【こんなになった私でも……、愛してくれる?】
そんな言葉が思い出され、連は思わず胸に痛みが走る、
そんな連の様子を知ってか知らずか、ロザリオは言葉を続けた。
「ですが、せっかく私たちインマ族の城に来ていただいたのに精液を一滴も出さずに帰すなんていうことはサキュバスの名家、ラピス家の名折れ。せっかくですので、お姉様のお相手をしてもらえないでしょうか」
「ロザリオさんの――姉、ですか」
「ええ、エヴァンスという名の……姉、です」
嫌悪した蓮。本来、好きになったもの同士でやるべきことのはず。まるで漫画本を貸し借りするようなロザリオの言い方に、蓮はバイト先のセクハラ店長のことを思い出した。
ロザリオは蓮の感情に気付いたようで、少し冷たい声で、
「蓮様は嫌がるかも知れませんが、私たちにとってはそう言った行為は魔力供給のための、言わば食事の延長のようなもの。恋とか愛といった感覚はあまりないのですよ」
「ちなみに断ったらどうなります? 」
「生きて帰れるとは思わないでください」
○
――こんこん。
「お姉様、精を連れて参りました」
ロザリオが扉を開けた瞬間に、鋭い声が響いた。
同時に、蓮の身体が硬直した。
まるで、身全体を硬い膜で覆われるような閉塞感が襲った。