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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第一部)(1~18)

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急に僕の肩に美鈴さんはぶつかるように抱き着いてきたので、僕はちょっと驚いて声を上げてしまった。電車内に居た人たちはみんな、何事かと驚いてこちらを見ている。


彼女は、僕の背中の半分に必死に片手をしがみつかせて、僕のコートの肩口に両目を押しつけ、泣いていた。

「…やっぱり、泣かせてしまった。」そう思って僕は、「自分は間違っているんじゃないのか」と、また不安になってうつむく。でも、彼女を安心させてあげないと。


「美鈴さん…」

電車内に居た人たちは、美鈴さんが急に僕に抱き着いた時に一瞬僕たちに目をくれたけど、特に関わりもないからと、もうスマートフォンや本などに目を戻した後だった。

僕は美鈴さんの髪と背中を撫で、落ち着けるようにと背中を優しく叩く。でも、そうしていることが気休めにしかならないのだという事実が、とても辛い。

どんなに僕が悲しみを拭おうとしても、原因を作っているのは僕なのだから。

僕が今何を言っても、彼女の心は粉々になってしまうのではないか。このまま彼女を引き留めていてはいけないのではないか。そう思う気持ちが僕に迫ってくるのに、僕は「彼女を苦しませないうちに別れよう」なんて、ちらとも浮かばなかった。だって僕には、彼女が、美鈴さんが必要なんだ。


もう僕は、彼女の支えを失くしたとしたら、自分の人生に見出せる価値なんかなくなってしまう。そのことを考えると、その時に自分が一体どうなっているのかがわからなくて、恐ろしくて堪らなくなってしまう。


わがままと言われても、僕はもう彼女を手放すことは考えられなかった。それでも、彼女の痛みが心に流れ込んでくる。僕にひしと抱き着いて震える腕、ぼんやりと温かく湿っていくような僕の肩、それから彼女が息を潜めながらも切れ切れに漏らす苦しそうな泣き声。その全部が僕に強い罪悪感として、自分の痛みとしても、重く圧し掛かる。

彼女はしばらく声を殺して泣いていたけど、やがてよろよろと顔を上げると、それはどこか怒っているように見えた。でも、真剣に怒っているというよりは、拗ねて怒っているようだった。

「美鈴さん?怒ってる…?」

「……」

彼女は何事かを小さくつぶやいたけど、電車内に響く音でそれは聴こえなかった。

「え?何?」

すると美鈴さんは泣いた後の目元をゴシゴシと勢いよく拭って、僕をちょっと睨みつけた。彼女はもう元気を取り戻していて、それはどこか奮起するような表情だった。そうして彼女が大きく息を吸う。


「大丈夫。私、待てる!」


美鈴さんはそう言った後で、自分を勇気づけるためか、両の拳を握りしめ、必死に僕を見つめて口元に力を入れ、ぎゅっと唇を閉じていた。


僕は彼女に感謝した。何もない僕のために、こんなにも必死になって待っていてくれるなら、僕はなんでもできるだろうと思った。


彼女がちょっとだけ大きい声を出したので、また僕たち二人に人目が集まったけど、今はこうするのが必要かなと思って、僕は彼女を抱きしめた。それから、僕の口からあたたかい気持ちが流れ出す。


「大丈夫、どうしても待てなかったら、君のとこに行くから。ありがとう、美鈴さん」


嘘じゃない。多分僕は、本当にそうする。





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