最後の晩餐
既に社会からリタイアして長いので義理のある者はない、未だ存命の友人や妹がいないわけではないが、安楽死の場合は呼ばないことが通例になっている、『人生八十五歳定年制』は誰の身にも降りかかるのだから。
淑江は大好きだったスミレの花に囲まれ、父との思い出が詰まっていると言っていた松任谷由実の曲に送られ、父の待つ天国へと旅立って行った。
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葬儀を終えると淑子は家庭に、職場に復帰した。
すると一時離脱する前とは自分の心構えが変わっていることに気づいた。
夫は三歳年上だから自分が見送ることになるだろう、三十年以上連れ添って良い所も悪い所も知っている、理想の夫と言うわけではない、だが共に過ごして来た長い時間は思い出に満ちているし、二人の子供を共に愛して育てて来た、それはかけがえのない人生を分け合ってきたと言うことだ……子供から手が離れた今、夫婦の時間を大切にしなければ……。
自分に残された時間もはっきりと自覚できる、八十五歳より前に人生を終える可能性はあっても、それより長く生きる可能性はない、残された時間は長くてもあと二十五年……無駄にするわけには行かない。
仕事では後進をしっかり育てて思い残すところなく退職できるようにしなければ、その後は新婚旅行以来となる海外旅行もあちこち行ってみたいし、趣味の水彩画ももっと本格的にやってみたい、カラオケ好きの夫にももっと付き合ってあげたい……二十五年後までと決まっているならば計画も立てやすいはずだ……。
淑子はしっかりと顔を上げた。
その二十五年を心残りなく過ごすために、社会の為に、家族のために、そして自分のために……。
それは、母が教えてくれた最後の人生訓だった。