Slicktop
アパートの階段を上って、わたしは玄関のドアを開けた。まだ少し、頭の中が整理できていない。普通に『家に着いた』と返信したいけど、ここが『家』だとは、わたしには到底思えない。とにかく、波にさえうまく乗れたら。だから今は、部屋の中では、呼吸さえできればいい。最初の旦那のときには、そういうところまで気が回らなかったし、ままごとのような共同生活は、すぐに破綻した。床に散らばった食べかけのエナジーバーに足がぶつかり、わたしは視線を下ろした。ひと口かじられただけだ。この辺は、あの男と暮らしていたときと、あまり変わらない。わたしはそれを拾い上げると、ゴミ箱に力ずくで押し込んだ。いい加減、ゴミを出さないといけない。廊下の電気を点けて、居間に腰を下ろした時、ハンドバッグに絡みつくようにひっかかっているコンビニの袋に気づいた。そうだった。熊井さんがマイカのためにくれたんだっけ。
「マイカ、ただいま」
わたしは呼び掛けた。エナジーバー、飽きるかと思って、違う味のやつを買って来たんだけどな。
それにしても、キャットフードか。こんなの、食べられるのかな? 返事が遅いと思ってたら、薄暗い部屋の隅で、口が開くのが見えた。
「ママ?」