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短編集76(過去作品)

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光を吸収する世界



                 光を吸収する世界


 佐竹は早起きだった。初夏のこの時期であってもまだ暗い時間に起きてきて、散歩に出かける。帰って来る頃にはすっかり朝日が昇っているのだが、実に爽やかな散歩である。
 朝、散歩するからといって老人というわけではない。年齢もまだ二十歳代で、散歩が日課という以外は、会社でも目立たない性格の青年だった。
 元々散歩を始めたきっかけは、社員研修で数日合宿のような感じのレストハウスで缶詰にされたことがあった。その時に朝早く起きて散歩に出る毎日だったのだ。
――これは健康にもいいし、後の目覚めが実にすがすがしい――
 と思ったのも事実で、何といってもボケッとした頭で仕事に行きたくなかったのが、一番の理由である。
 会社は地元大手と言われるようなところで、この就職難の中、うまく就職できたと思っている。社員研修には力を入れている会社で、仕事のやりがいもあるし、今のところ佐竹は満足していた。
 朝は苦手な方だった。散歩の癖ができるまで、朝食など気持ち悪くて食べられない。いや、何よりも朝食を食べることを思えばギリギリまで寝ていたいと思うのも心理というものだ。今まであれば眠い目をこすりながら駅まで歩き、朝の喧騒とした駅や電車の中の雰囲気に流されるように会社に向う。その間に完全に目が覚めればいいのだが、覚めるどころか、憂鬱な気持ちのまま事務所に入ることになる。
 事務所に入り、自分の机に座った瞬間、緊張の糸が途切れるのか、自然と欠伸が出ていた。
「佐竹、緊張感が足らないぞ」
 と言われたこともあるが、会社に着くと、それすら口に出せないほど、喧騒とした雰囲気の時が多い。
――本当に朝に弱いんだな――
 そう感じながら実際の就業時間までは、なかなか目が覚めない。
 そんな毎日が億劫で仕方がなかった。
――どうして皆朝ってあんなに嫌な顔になるんだろう――
 と心の中で呟く。自分だけがボケッとしていて、きっとまわりから思い切り浮いているだろう。まるで不真面目な社員の代表になったみたいな気分だった。
 しかし、それも散歩を始めるまでの、ごく短い時間だけだった。社員研修は二年目に突入してすぐくらいに開かれたものだった。この会社は新入社員一年目で研修を行うのではない。
――何も分からない新入社員に何の研修をするというのだ――
 というのが会社のトップの考え方らしく、佐竹もそれには賛成だ。確かに新入社員で何も分からない時は、現場の雰囲気や、まわりの人間の考え方など身を持って体験するのが一番ではなかろうか。そういう意味で、新入社員研修の無意味さは佐竹にも分かっていた。
 仕事はそれなりにできていた。要領がいいのかも知れない。捉えどころは抑えているようで、それが的を得たやり方なのだろう。ほとんど残業をすることもなく仕事をさばけていた。問題は朝だけだったのだ。
 朝の散歩は、ジョギングをするというわけではない。近いといえば近い適当なところにある児童公園の往復になるのだが、距離的な時間を考えると、ちょうどいいところに公園がある。
 犬の散歩、新聞配達員、それらの人とはほとんどが顔なじみである。しかし軽く会釈する程度、話をしたことはなかった。誰も話しかけてこないし、こちらからも話しかけない。それがまるで暗黙の了解のようになっていて、それぞれが自分のペースで、自分の時間を使っているのだ。
 佐竹は歩くのが早い方である。朝のラッシュの喧騒とした雰囲気を極端に嫌う佐竹は、電車の扉が開くと同時に、改札口へと駆け出す方だ。ゆっくりでもいいのだが、ダラダラ歩くのが嫌いな佐竹は、狭いスペースでひしめき合うように歩くのが苦痛で仕方がない。
 もっともそれで目が覚めてこないのだからよほど朝が苦手なのだ。普通だったら、目が覚めてきそうなものである。そんなこともなく、朝の喧騒とした雰囲気をどのように感じずに過ごせるかを本能的に察知しているのだろう。
 人の目など気にする方ではない佐竹は、皆同じような不健康に見える顔色の中に身を置きたくなかった。どこも悪くないのに、病気にでもなった気になってしまうからだ。散歩をしていて昇ってくる朝日を見ていると、得したような気持ちになってくる。
――早起きは三文の得――
 と言われるが、本当なのだとしみじみ感じる佐竹だった。
 途中の自動販売機でオレンジジュースを買って目的地の公園のベンチで飲み干す。途中である程度飲んでいるので、汗を乾かすのにちょうどいい。いつも汗が引いていくのを感じていた。
 朝日を感じているとすがすがしい気持ちになってくるが、朝日自体はあまり好きではない。何とか目を覚ましたい一心で始めた散歩、それ以上の目的を持っていたわけではないのだ。
 元々明るいところが苦手だった。太陽をまともに見て頭が痛くなった経験があったり、潮風に当たりながらの日差しを極端に苦手としている。小学生の頃など、海から帰ってきた次の日には必ず発熱して寝込んだものだ。
 自分が頭痛持ちであることは中学の頃に感じた。小学生の頃は本当に身体が弱く、頭痛がしてくればそのまま発熱までしていた。中学に入ると少し丈夫になったのか、頭痛はしても発熱したり寝込んだりはしなくなった。それだけに頭痛をきつく感じるようになっていた。
 子供の頃は薬を飲むようなこともなかった。自分が暗示に掛かりやすい性格であるうえに、さらに思い込みが激しい性格なので、それも仕方がない。
――薬を飲んで本当に効くんだろうか?
 と疑ってみてしまったら、もう薬は自分に効かないんだと思い込んでしまう。注射だけは、即効性があると感じていたのだが、
――良薬口に苦し――
 のたとえではないが、
――痛いのだから、効かないはずはない――
 と思い込んでいた。しかし薬だけは、口から入れて消化されるまでに掛かる時間を考えると。どうしても効かないように思える。そのあたりの性格は他の人にないものだろう。
 どうして頭痛がしてくるのか、その原因を深く考えたことはなかった。痛くなるのだから仕方がないといえばそれまでなのだが、なぜその原因を考えようとしなかったのか自分でも分からない。きっと、元々無頓着な性格なのだろう。
 しかし、さすがにしょっちゅう頭痛がしていると、何かを見た時に頭痛と同じような現象に見舞われることがある。それは吐き気や嘔吐を伴うもので、吐き気が落ち着いてくると、頭痛がしてくるということが続いたのだ。
 では吐き気や嘔吐は何から来るのか?
 どうやら、眩しいものを見た時に感じることが多かった。窓に反射する西日だったり、乱反射して煌いている海面だったりする。今から思えば海が嫌いになったのは、潮風の気だるさよりも、海面の煌きによるものが多かったのかも知れない。それだけ、眩しさが苦手だったのだ。
 友達と一緒に行った釣りを思い出す。その時はそれほどきついとは思わなかった。なぜなら夜釣りだったからである。細波の音が聞こえてくるが、籠もったような水を弾く音、それは停泊している漁船と岸壁の間に起こる小さな波、聞いていると落ち着いた気分になれるのだ。
作品名:短編集76(過去作品) 作家名:森本晃次