明日からずっと……。(掌編集~今月のイラスト~)
「そうねぇ……ハイキングなんてどう?」
彼女からの提案に僕は一も二もなく賛成した。
ちょっと前までは残暑が厳しい日が続いていたが、ここのところすっかり秋らしくなってハイキングには最高の気候だ、すがすがしい山の空気を深呼吸すれば日々のストレスなどどこかへ飛んで行ってしまうに違いない。
「腕によりをかけてお弁当作るね」
そう! それだ! こんな楽しみな事って他にあるか?
つい二週間ほど前の昼休みことだ、気持ちの良い陽気に誘われて、僕はいつもの社食じゃなく、コンビニで弁当を買って会社近くの公園で食べることにした、すると向かい側のベンチに三人のOLが腰かけて何やらきゃっきゃっと騒いでいるのが目に留まった、制服から近くの会社に勤めているOLだと言うことはわかった、初々しい感じだったから新入社員だろうと言うこともね。
その中にひときわ可愛い娘が居たんだ、それが彼女さ。
そして彼女は三人の真ん中に座り、後の二人は彼女が拡げている弁当を覗き込んで歓声を上げていたんだ。
耳を澄まして聞いていると、どうやら彼女の弁当はずいぶんと手の込んだものらしい、『キャラ弁』という言葉も聞こえて来た。
僕は地方から上京して大学に入り、そのままこっちで就職して三年目、一人暮らし歴は七年になる、外食にもホカ弁にも、もちろんコンビニ弁当にも飽き飽きしてた僕はその弁当を覗いてみたい誘惑に駆られたが、まさかツカツカと歩み寄って『弁当を見せて』なんて言えるわけない、そこはぐっとこらえたが、会社に戻ってからも彼女の笑顔と弁当のことは頭から離れなかった。
その日からというもの、僕は毎日公園でコンビニ弁当を食べるようになった、彼女を含む三人組も毎日のように公園にやって来た。
でも中々きっかけがつかめないでいたんだが、一週間くらいしてやっとチャンスが巡って来た。
その日は三人組の一人が都合悪かったのか二人組で、しかも公園のベンチは満席に近い状態だった、その日は特にすがすがしい空気の良い天気だったからね、誰だって陽気に誘われるさ。
「すみません、ここ、いいですか?」
彼女がそう話しかけて来た時は、心の中で神様に感謝の祈りを捧げたね。
「ええ、もちろんどうぞ」
それ以外に答えがあるはずないさ。
そして例によって彼女が拡げた弁当をもう一人が覗き込むと歓声を上げた。
「きゃ~、今日はミニオン? かっわいい~」
そこまで状況が揃えば僕が彼女の弁当を見ても不自然なことはないだろう?
そう、小判型の弁当箱には唐揚げと緑の野菜、そして飯の部分には炒り卵が敷き詰められていて、そこに海苔とチーズでミニオンの特徴的なゴーグルが描かれていたんだ。
実際、男が見ても可愛い弁当だと思うし、彼女が作ったんだと思うと余計に可愛らしく見える。
「へぇ、手が込んでますねぇ」
「なんか子供っぽくて恥ずかしいです……」
「そんなことないですよ、僕もあの映画好きです、ミニオンは可愛いし、映画そのものも面白いじゃないですか」
「ですよね」
「それ、ご自分で?」
「はい、まぁ」
「料理お上手なんですね」
「そんなこと……」
そう言ってちょっと恥じらんで俯いた顔が可愛かったのなんの……。
その日を境に、彼女の友達二人が気を利かせたのか彼女は公園に一人で来るようになり、僕と彼女は並んで弁当を食べるようになった。
そしてとうとうデートの約束を取り付けることが出来たってわけだ。
「おはよう」
「おはよう、いい天気になったわね」
「うん、最高のハイキング日和だね」
ハイキングには手ごろな山のふもとで待ち合わせた僕たちは山頂目指して歩き始めた。
彼女のいでたちと言えば、ベージュの帽子、印象派の絵画みたいなプリントの白地のTシャツにデニムのショーパンツ、鮮やかな紫のパーカーを羽織って足元は白いスニーカー、ハイキングにぴったりの服装だろ? ちゃんとTPOをわきまえてるところも好感度アップだね。
生脚やニーハイじゃなかったのがちょっとだけ残念だったけど、ジーンズで奇麗な脚を全部隠されちゃうよりもずっと良い。
途中短い吊り橋なんかもあって、『わたし、高い所苦手なの』、『大丈夫だよ、怖かったら僕につかまって』なんて手をつないだりしてね……羨ましいだろ?
で、昼前には山頂に着いてお待ちかねのランチタイムさ。
彼女のリュックからはバンダナに包まれた三段重ねの弁当箱が出て来た。
「あのさ、あの公園で初めて見かけた時から弁当気になってたんだ」
「あら、そうだったの?」
「うん、友達二人がいつも歓声あげてただろ? 作り手だけじゃなくて弁当まで可愛いんだと思うとさ、君のことと弁当のことが頭から離れなかったよ」
「ふふふ、食いしんぼさんなのね」
「そりゃそうさ、七年も外食と買い弁で過ごしてるとさ、可愛い娘が作った可愛い弁当なんてもう憧れそのものさ」
「気に入ってもらえるかしら……」
そう言って彼女が最初の弁当箱を開けると、変わりお稲荷さんが並んでた、お揚げで包むんじゃなくて、舟みたいな形に整えたお揚げに男の子と女の子の顔を象った小さなおにぎりが二つづつ並んでる。
「わお、可愛いね、これ、君と僕なのかな?」
「ふふふ……食べてみて」
「うん、食べちゃうのがもったいないくらいだけど、頂きま~す」
むふふ。
お揚げはかなり甘く煮つけてあって、女の子の顔のほっぺには桜でんぶ。
「甘すぎない?」
「そんなことないよ、たくさん歩いた後だから甘みが沁みるね」
「良かったぁ」
彼女がそう言いながら二つ目の弁当箱を開けると、行楽弁当の大定番たる蛸さんウインナーと卵焼き、卵焼きはハートの形になってる。
「ちょっと厚かましかったかなぁ」
え? それどういうこと? あ、もしかして、そう言うこと?
「断じてそんなことない、ハートの形の卵焼きなんて感激だよ」
「良かったぁ」
彼女はほっとしたような笑顔を見せてくれた、どうやら『そう言うこと』だったみたい。
もう、この笑顔にはハートを鷲づかみされちゃうね。
当然卵焼きの方からパクリ……かなり甘い味付けになってるけど、そりゃまあ、ハート型だから当たり前だよね、『そう言うこと』なんだし。
「甘くておいしいよ」
「甘党のほう?」
「う~ん必ずしもそうじゃないけど、これは最高に美味しいよ」
『甘党のほうではない』も『最高に美味しい』も本音さ、正直言って甘い卵焼きよりもだし巻き卵とかの塩味系の方が好きだし、Co〇o一番でも七辛以下は食べない辛い物好きなんだが、ハートの形の卵焼きならいくら甘くたって良いくらい、さすがに蛸さんウインナーは塩味系だったからそこで中和できるし……って言うか、ウインナーで舌をリセットして何度もハート型卵焼きの甘さを噛みしめた。
「これで最後、もうすぐハロウィンだから……」
彼女が開けてくれた三つ目の弁当箱には三角形の目鼻とギザギザの口を付けたコロッケと丸い目玉に三日月形の口をつけたコロッケが二つ仲良く並んでた、そしてそれを取り囲んでいるのはオレンジ色の小さなカボチャの団子、どちらもカボチャヘッドのジャック・オー・ランタンを象ったもの。
彼女からの提案に僕は一も二もなく賛成した。
ちょっと前までは残暑が厳しい日が続いていたが、ここのところすっかり秋らしくなってハイキングには最高の気候だ、すがすがしい山の空気を深呼吸すれば日々のストレスなどどこかへ飛んで行ってしまうに違いない。
「腕によりをかけてお弁当作るね」
そう! それだ! こんな楽しみな事って他にあるか?
つい二週間ほど前の昼休みことだ、気持ちの良い陽気に誘われて、僕はいつもの社食じゃなく、コンビニで弁当を買って会社近くの公園で食べることにした、すると向かい側のベンチに三人のOLが腰かけて何やらきゃっきゃっと騒いでいるのが目に留まった、制服から近くの会社に勤めているOLだと言うことはわかった、初々しい感じだったから新入社員だろうと言うこともね。
その中にひときわ可愛い娘が居たんだ、それが彼女さ。
そして彼女は三人の真ん中に座り、後の二人は彼女が拡げている弁当を覗き込んで歓声を上げていたんだ。
耳を澄まして聞いていると、どうやら彼女の弁当はずいぶんと手の込んだものらしい、『キャラ弁』という言葉も聞こえて来た。
僕は地方から上京して大学に入り、そのままこっちで就職して三年目、一人暮らし歴は七年になる、外食にもホカ弁にも、もちろんコンビニ弁当にも飽き飽きしてた僕はその弁当を覗いてみたい誘惑に駆られたが、まさかツカツカと歩み寄って『弁当を見せて』なんて言えるわけない、そこはぐっとこらえたが、会社に戻ってからも彼女の笑顔と弁当のことは頭から離れなかった。
その日からというもの、僕は毎日公園でコンビニ弁当を食べるようになった、彼女を含む三人組も毎日のように公園にやって来た。
でも中々きっかけがつかめないでいたんだが、一週間くらいしてやっとチャンスが巡って来た。
その日は三人組の一人が都合悪かったのか二人組で、しかも公園のベンチは満席に近い状態だった、その日は特にすがすがしい空気の良い天気だったからね、誰だって陽気に誘われるさ。
「すみません、ここ、いいですか?」
彼女がそう話しかけて来た時は、心の中で神様に感謝の祈りを捧げたね。
「ええ、もちろんどうぞ」
それ以外に答えがあるはずないさ。
そして例によって彼女が拡げた弁当をもう一人が覗き込むと歓声を上げた。
「きゃ~、今日はミニオン? かっわいい~」
そこまで状況が揃えば僕が彼女の弁当を見ても不自然なことはないだろう?
そう、小判型の弁当箱には唐揚げと緑の野菜、そして飯の部分には炒り卵が敷き詰められていて、そこに海苔とチーズでミニオンの特徴的なゴーグルが描かれていたんだ。
実際、男が見ても可愛い弁当だと思うし、彼女が作ったんだと思うと余計に可愛らしく見える。
「へぇ、手が込んでますねぇ」
「なんか子供っぽくて恥ずかしいです……」
「そんなことないですよ、僕もあの映画好きです、ミニオンは可愛いし、映画そのものも面白いじゃないですか」
「ですよね」
「それ、ご自分で?」
「はい、まぁ」
「料理お上手なんですね」
「そんなこと……」
そう言ってちょっと恥じらんで俯いた顔が可愛かったのなんの……。
その日を境に、彼女の友達二人が気を利かせたのか彼女は公園に一人で来るようになり、僕と彼女は並んで弁当を食べるようになった。
そしてとうとうデートの約束を取り付けることが出来たってわけだ。
「おはよう」
「おはよう、いい天気になったわね」
「うん、最高のハイキング日和だね」
ハイキングには手ごろな山のふもとで待ち合わせた僕たちは山頂目指して歩き始めた。
彼女のいでたちと言えば、ベージュの帽子、印象派の絵画みたいなプリントの白地のTシャツにデニムのショーパンツ、鮮やかな紫のパーカーを羽織って足元は白いスニーカー、ハイキングにぴったりの服装だろ? ちゃんとTPOをわきまえてるところも好感度アップだね。
生脚やニーハイじゃなかったのがちょっとだけ残念だったけど、ジーンズで奇麗な脚を全部隠されちゃうよりもずっと良い。
途中短い吊り橋なんかもあって、『わたし、高い所苦手なの』、『大丈夫だよ、怖かったら僕につかまって』なんて手をつないだりしてね……羨ましいだろ?
で、昼前には山頂に着いてお待ちかねのランチタイムさ。
彼女のリュックからはバンダナに包まれた三段重ねの弁当箱が出て来た。
「あのさ、あの公園で初めて見かけた時から弁当気になってたんだ」
「あら、そうだったの?」
「うん、友達二人がいつも歓声あげてただろ? 作り手だけじゃなくて弁当まで可愛いんだと思うとさ、君のことと弁当のことが頭から離れなかったよ」
「ふふふ、食いしんぼさんなのね」
「そりゃそうさ、七年も外食と買い弁で過ごしてるとさ、可愛い娘が作った可愛い弁当なんてもう憧れそのものさ」
「気に入ってもらえるかしら……」
そう言って彼女が最初の弁当箱を開けると、変わりお稲荷さんが並んでた、お揚げで包むんじゃなくて、舟みたいな形に整えたお揚げに男の子と女の子の顔を象った小さなおにぎりが二つづつ並んでる。
「わお、可愛いね、これ、君と僕なのかな?」
「ふふふ……食べてみて」
「うん、食べちゃうのがもったいないくらいだけど、頂きま~す」
むふふ。
お揚げはかなり甘く煮つけてあって、女の子の顔のほっぺには桜でんぶ。
「甘すぎない?」
「そんなことないよ、たくさん歩いた後だから甘みが沁みるね」
「良かったぁ」
彼女がそう言いながら二つ目の弁当箱を開けると、行楽弁当の大定番たる蛸さんウインナーと卵焼き、卵焼きはハートの形になってる。
「ちょっと厚かましかったかなぁ」
え? それどういうこと? あ、もしかして、そう言うこと?
「断じてそんなことない、ハートの形の卵焼きなんて感激だよ」
「良かったぁ」
彼女はほっとしたような笑顔を見せてくれた、どうやら『そう言うこと』だったみたい。
もう、この笑顔にはハートを鷲づかみされちゃうね。
当然卵焼きの方からパクリ……かなり甘い味付けになってるけど、そりゃまあ、ハート型だから当たり前だよね、『そう言うこと』なんだし。
「甘くておいしいよ」
「甘党のほう?」
「う~ん必ずしもそうじゃないけど、これは最高に美味しいよ」
『甘党のほうではない』も『最高に美味しい』も本音さ、正直言って甘い卵焼きよりもだし巻き卵とかの塩味系の方が好きだし、Co〇o一番でも七辛以下は食べない辛い物好きなんだが、ハートの形の卵焼きならいくら甘くたって良いくらい、さすがに蛸さんウインナーは塩味系だったからそこで中和できるし……って言うか、ウインナーで舌をリセットして何度もハート型卵焼きの甘さを噛みしめた。
「これで最後、もうすぐハロウィンだから……」
彼女が開けてくれた三つ目の弁当箱には三角形の目鼻とギザギザの口を付けたコロッケと丸い目玉に三日月形の口をつけたコロッケが二つ仲良く並んでた、そしてそれを取り囲んでいるのはオレンジ色の小さなカボチャの団子、どちらもカボチャヘッドのジャック・オー・ランタンを象ったもの。
作品名:明日からずっと……。(掌編集~今月のイラスト~) 作家名:ST