短編集 くらしの中で
その二
私が最初にその状態を知ったときは以前の姿ではなく、やつれ果てて、電話の声もねっとり甘えた口調になっていた。だから見放す訳には行かないと手助けをしたのだが、それ以後近所さんや本命の友達らが来るようになって少しずつ元気になった。
本人いわく、身体は弱っていてもおしゃべりするのは好き。
私も先日たまたま数時間話の相手をした。
自分はずっと家族や友達に優しくしてもらって数十年暮らしたので、その人達が皆亡くなり頼る人がいなくなった現在、自分は独りでは立っておられないという。
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私自身について少し話を挟むと・・
私は兄弟姉妹も無く、連れ合いもそれほど優しくもなく長期療養の15年間は痴呆も混じってDVのような行為もあった。子供は娘が二人いるが、こちらが物資や労力の支援こそすれ、頼ることは一切ない。
あちらから来るメールは孫の写真や作った料理、買いものなどの内容で、それに対してわずかな文字で相槌の返信をする。重い内容で頼って来なくなった今、私は身軽になり実に気楽な毎日が送れている。
前述の老婆が、現在女の友達を次々と探して、というか、甘える対象を探しているのは実に辛い老後だ。若い頃「孤独に強い人が老後強く生きられる」というのを聞いていたがまさしくその姿を目の当たりにして納得する。
精神の強さは付け焼刃ではできないもので、長年の辛苦の末に腹構えができるものだ。私の人生の苦労は無駄ではなかったと思える昨今だ。ブラボー
完
作品名:短編集 くらしの中で 作家名:笹峰霧子