めいでんさんぶる 2.幽霊兎の葬送曲
「あ、ありがとっ! 行ってきまーす!」
結んだ髪をふわふわと跳ねさせながら田井中さんは厨房を飛び出して自室があるだろう方面に駆けていった。
ここの制服から学校の制服に着替えないといけないし、朝から制服でお仕事して汚れちゃいけないし、中学生メイドも大変だ。
「じゃあ僕は馬車の準備をしてくるよ。とめさん、茉莉さん、ごちそうさま」
「はいはーい」「お粗末さまでした」
佐遊御さんは丁寧に流しまで食器を運んでから厨房を出ていった。
「佐遊御さんって格好良い人ですね」
「背高いし気が利くし良い奴だとは思うけど。茉莉ちゃん、もしかして惚れた?」
とめさんがいつの間にか紅茶を注ぎながらニヤついた顔でこちらに聞いてきた。
「いやっ、そういうのじゃないです! ……そういえばさっき佐遊御さんが言っていた馬車って?」
「ここって森の奥でしょ、ここまでバスは来てくれないから直接学校まで馬車を使うのよ。馬車が操れるのは羅門と巴だけだけどね」
「あー、それで馬車なんですね。車は無いんですか?」
都会のお金持ちならリムジンでお出迎え、っていうのが相場だけれど森の奥でも車を使わないって手はない。
とめさんはダメダメ、と首を振ると、
「まず現状で免許を取れる子が少ないのとこんな激務の中、教習所になんて通えないし。運転手を雇う、ってのもアリだけど頻繁に使うものじゃないし住み込みでないと緊急に車を出せない上に館にはこれ以上人を増やすなと言われちゃ何もできないのよ。結果、馬車なのよ」
小娘ばかりなのも困ったものだわ、ととめさんは天井を仰いだ。
「あ、お砂糖いくついる?」
「ぁ、一つで」
とめさんに紅茶を入れてもらったけどこうしてゆっくりしている所を三井さんに見られると体裁が悪いのでとめさんの案で時々食器洗いをして時々紅茶を飲むというぐうたらをさせてもらうことにした。
結局は食器洗いも終え紅茶も飲み終えても三井さんはまだ来なかった。……損した。
「三井さん遅いですねー」「何処かで寝てるか遊んでるのかねぇ?」それだけはないと思います。
「随分待たせたわね!」
厨房の扉が強く開け放たれ、三井さん。
「なんだなんだ。息切らして」
とめさんがとりあえず落ち着いてとお茶を勧めたが三井さんは仕事中だと断って、
「仕事が一気に迫ってきてしまって。思わぬタイムロスだわ!」
よく見ると三井さんの綺麗で長い御髪は乱れていて、らしくない。
「久隅さん、仕事よ。ついてらっしゃい」
「はい!」
とめさんにお茶のお礼を言ってから三井さんと一緒に厨房を後にした。
「三井さん、やけに忙しそうだったみたいですけどどうしたんですか?」
私が聞くと三井さんはため息をついてから、
「今朝、洗濯機が壊れてしまったのよ。どうやら田井中さんが洗剤の量を間違えた上に洗濯物を入れすぎてモーターが壊れてしまったみたいで」
「……そうだったんですか」
田井中さんだから怒ろうにも怒れないな。私なら今ごろ雷が落ちてただろう。
「洗濯機がなくては洗濯ができないからさっき急いで洗濯機を注文したら30分で持ってきて下さるみたいだから壊れた洗濯機を外に運び出すわよ」
「はい、分かりました!」
三井さんに連れられ、洗濯室に着いて私は驚いた。
洗濯物は人が少ないから量もそれに比例するけど何せ洗濯機の大きさが違う。一般家庭の洗濯機の2倍の大きさ位のがランドリールームの奥に鎮座しているのだ。
しかも2台。
「随分大きな洗濯機ですね……」
学園の時は洗い物だけは学校任せで洗濯実習は手洗いだったから洗濯機にはあまり馴染みはない。こんな大きさなら尚更だ。
「まず御主人様と私達の洗濯物は一緒に洗えないから。その上、毎日制服6着の上にタオルや下着もあるからこんな大きいのじゃないといけないのよ。さ、ぼうっとしてないで運ぶわよ」
「2人でですか!?」
「当たり前よ、今開いているのわたくし達しかいないんだから」
三井さんは洗濯機の左側に達ながら久隅さんは右側よと促した。
……これなら暇そうにしているとめさんにも手伝ってもらえばよかった、あ、とめさんもう少ししたら食料の買い出しに近くの村まで行くって言ってたっけ、……暇そうなんて言ってすみません。
「せーの、で行くわよ。せーのっ!」
三井さんのかけ声に併せて洗濯機を持ち上げた。
お、重い~~っ!!
まるで自分を5人分持ち上げているような重さが手に腕に腰にのしかかってくる。
「久隅さん、大丈夫ね!? このまま運ぶわよ! 壁にぶつけたり引き擦らないように! 調度品には特に気を付けて!」
もう、こんな時まで三井さん色々まくしたてるんだから。
私はここにきて一番の集中力と馬鹿力を発揮するのだった。
ドスン
洗濯機が洋館の外の地面に下ろされる。
途中、5回の休憩を挟み、なんたか運び終えた。
手、腕、腰、太股、体のあちこちが悲鳴をあげている。
「久隅さんさすが若いわね。力も持久力もあるじゃない」
「恐れ入ります」
しかしやはり三井さんはすごい。三井さんは休憩さえ取ろうとしなかったのだ。
私がもう駄目です腕がちぎれちゃいますと悲鳴をあげると、あと10m頑張りなさいと一押ししてそれから休憩に移るのだ。いやはや、頼もしい限りです。
空を見上げると晴れた空にすっすっと少しの薄い雲がちらほら。今日も良い天気。
「新しい洗濯機、まだ来るまで時間あるみたいですね。私、玄関の周りを掃除してきます」
「ちょっと久隅さん? まだ終わってないわよ」
「え? でも運び終わったじゃないですか?」
「……貴女、またわたくしの話を聞いてなかったの? 壊れたのは1台だけじゃなくてよ?」
「ぇ、私それ聞いてませんよ!」
「聞いていないから聞いていないんでしょう? 久隅さん、貴女はまったくもう……、いえ後からにしましょう。今はもう1台を運ばないと」
私は今日はもう出さないと思っていた集中力と馬鹿力を再び発揮するのだった。
ドスン
「はぁっ! ぉ、終わった……」
二回目はさすがに一回目の時みたく空を見上げている余裕はなく、私は運び終えた洗濯機に寄りかかって突っ伏して息を整えていた。
「よく頑張ったわね」
三井さんはそれでも自分の足で立ってハンカチで額の汗を拭っていた。17歳、負けました。
「そろそろね」
懐から懐中時計を取り出して私に言い、
「……ちょっと久隅さん」
「……はい?」
「リボンタイ、今日は一段と乱れているわ。もうじき業者の方が来るのだから」
「あの、これは洗濯機を運んでいたから……」
やっぱり言い訳はよそう。これで怒られるのはかなわないもの。
「すみません。今度からは気を付けます」
大人しく三井さんにキュッとリボンタイを結んでもらう。
「というか業者さん来るんですか!?」
「何驚いているのよ、当たり前じゃない」
……つまり、この制服姿を外部に晒さなければならない、って事。ちょっと人に見られる覚悟はまだっ!
「私、他の仕事してきます!」
三井さんに背中を向けてお屋敷に向かって歩き出す。
「ちょっとお待ちなさい!」
しかし三井さんの声には逆らえない自分の体がもう出来上がっているみたいで。
「いくら業者の方と言ってもお得意様でお客様よ。良い機会だからご挨拶なさい」
「……はい」
作品名:めいでんさんぶる 2.幽霊兎の葬送曲 作家名:えき