めいでんさんぶる 2.幽霊兎の葬送曲
椅子から立ち上がる音がして三井さんの方を見ると、
「待たせてしまって悪かったわね」
「いいえ。こんな夜中までご苦労様です」
ネグリジェ姿の自分がなんだか情けなく感じてしまう。
「とめさんから制服が出来たので取りに行くようにと言われたので……」
それだけ言うと三井さんはそうだったわね、と呟くと、
「これよ」
傍らに下げてあったハンガーから3着制服を取り出した。
「これだけあれば洗濯も充分に追い付くわ」
「はい、ありがとうございます。ところでこの制服は何処でサイズ合わせされたんですか?」
何処かのお店にしては出来るのが異常に早いのが気になったので聞いてみると、
「わたくしよ」
さらりと返事が帰ってきた。
「えっ、三井さんが!? 何処にそんな時間が?」
「空いた少しの時間を使ったり、夜寝る前に少し。貴女のサイズのMサイズを元にして少し直しただけだからあまり時間はかかっていないわ」
……三井さんが私のために夜なべまでしてサイズを合わせてくれていたなんて、なんだか感動。また涙腺が緩んじゃいそう。
「ありがとうございますっ、大事に使います!」
「大事にするのは良いけど作業服なんだからきちんと機能をさせなさい」
比較的厳しげな表情を抑えながら三井さんは椅子に戻った。
「あ、あの。三井さんに伺いたい事があるんですが……」
「いいわよ、何かしら」
側にあった書類に目を通していた三井さんは書類を机に置いて言った。
大事ではない事かもしれないからそんなに身構えられても逆に困るよ。むしろ作業しながら聞いていてもらっても構わないですし……。
「……私が三井さんの事をメイド長と呼んでいないのを不快にお思いだったりします?」
私の質問にさえ不快に思っているみたいな顔で三井さんは私を見ると、
「いいえ、特に何も感情はないけれど?」
何を言い出すのかしらこの子は、と言いたげみたいなので理由を付けさせてもらおう。
「あの、私は三井さんと呼ばせて頂いていますけど聖良ちゃんや佐遊御さんはメイド長、って呼んでいると聞いて。私だけしか三井さんと呼んでいないからそういう風に呼ばれるのはもしかしたらお気に召さないかなと思って……」
「別に気にしないわ。……まあ、田井中さんの"もえりん"は少し気になるけど」
久隅さんあなた……、と三井さんは続け、
「そんなどうでもいい事を考えながら仕事をしていたのね。聞いて呆れるわ……」
「えっ、いやっ、これはお風呂の時に聖━━」
「そういえば久隅さん、昨日わたくしが朝と夜に座禅を組んで気持ちを集中させなさいと言ったはずなのに初日からしなかったみたいね?」
……すっかり忘れていました。
しかし、ちょっとした疑問を片付けたがったために何故に三井さんに怒られる事にまでなってしまったんだろう。
「貴女はわたくしに怒られたくてわざとこうして言う事を聞いていないのかしら?」
「め、めめめっそうもないです! つい、うっかりで……」
「……そう。ならそのうっかりが出ないためにわたくしが貴女をサポートしてあげるわ。今日からここで座禅を組みに来なさい!」
「は、はいっ! やらせて頂きます! はい、今っ!」
私はネグリジェ姿のまま、素早くその場にストンと正座して目を閉じた。
生まれてこの方、座禅なんて組まされた事なんてないけど用は目を閉じたまま静かにして動かなければいいんだよね?
「もっと腰を伸ばしなさい、……そう、ではそのまま30分。眠ったりしたら承知しないわよ?」
三井さんが何処からか懐中時計を出した音をさせる。
……このまま30分も!?
…………私は雑念を払い、心を無にし続けるのだった。
作品名:めいでんさんぶる 2.幽霊兎の葬送曲 作家名:えき