魔導姫譚ヴァルハラ
炎麗夜は奔放な笑みを浮かべた。
「なら後ろに乗りな。おいらも今から大きな町を目指すところさ!」
こうしてケイは乳友の旅仲間を見つけたのだった。
まるで羽毛布団のような、温もりと柔らかさが顔を包み込む。
「アカツキったら、本当に甘えん坊さんなんだから」
春の陽のように優しい女の声。
アカツキは豊満な胸に顔を埋めていた。
「……紅華(こうか)、ずっといっしょだよ……紅華……紅華……紅華?」
世界が闇に閉ざされ、アカツキを置いて、全裸の女性が吸いこまれるように、後ろへ消えて闇に溶けた。
「紅華ーッ!」
闇の中に木霊する叫び声。
そこでアカツキは目を覚ました。
「……夢か」
納屋の片隅で壁により掛かり、座りながらアカツキは寝ていたのだ。
どこからか電子的な音が聞こえる。
アカツキは藁の中に埋もれていた、手のひらサイズの通信機を探し出した。
「こちらレッドムーン」
《おはようアカツキ君》
通信相手の声は少女のような少年のような、幼い声の持ち主だった。
「用件を簡潔に言え、ゼクス」
《才色兼備の美女がせっかくモーニングコールしてあげたのに、なにその冷たい態度》
ブチッとアカツキが通信を切った。
すぐにまた通信機が鳴った。
「こちらレッドムーン」
《事故だよね? 事故で通信が切れたんだよねっ?》
「いや、俺様の意志で切った」
《ひどいよアカツキ君》
「用件を言え」
早く言わなかったり、冗談を言えば、またすぐに切られそうだ。声にそういうプレッシャーが含まれていた。
《通信を傍受してわかったんだケド、ナゴヤ港で近々事件が起きるっぽいよ》
「すぐに向かう」
《詳細は――》
話の途中でアカツキは通信を切った。
再び通信機が鳴ることはなかった。
「行こう、紅華」
アカツキはだれに声をかけたのか?
納屋にはアカツキ以外だれもいなかった。
乗心地は良いとは言えなかったが、二人を乗せた猪は自動車並みのスピードで、一路街道をひた走った。
「ううっ……ちょっと休憩してもらっても……」
今にも吐きそうな顔をしてケイは、炎麗夜を後ろから抱きしめ必死につかまっていた。
「さっきも休んだばかりじゃあないか」
「すみません、さっき食べたおむすびが大地に還りたがってます」
道が悪いことよりも、猪の走り方に問題がある。タイヤが回転して進むのと違い、脚を動かせばどうしても縦揺れしてしまう。
炎麗夜の超乳も、ビキニから溢れそうなほど縦揺れしている。もうすでに、鴇色の輪郭が出ているような気がしないでもない。
ケイはもう限界だった。
「……吐く」
余裕のないか細い声を出してすぐ、
「うっ」
ほっぺたを膨らませた。
その気配を炎麗夜は背中で感じた。
「呑み込め! 無理なら後ろに吐け!」
どっちも過酷な要求だった。
口腔の容量限界を越えたケイは、涙を流しながら後ろを向いた。
ブフォオオオオオオオォォォーーーッ!
燦然と輝くシャンパンショット。
ちょっと酸味が強いシャンパンだった。
無言の二人。
ケイは黙々と口をゆすぎ、何事もなかったように、再び炎麗夜に抱きついて揺られた。
やがて海岸線が見えてきた。
海辺の街道に合流し、そこからさらに町へと向かう。
風が運んでくる磯の香り。
「あれ、海が臭くない」
驚いたようにケイは言った。
「磯の香りはいい匂いに決まってんだろう」
「なんか海って臭いイメージあったんですけど」
「魔都近くの海は少し臭かったなあ」
「行ったことあるんですか?」
「ニホン全国走り回ってるからね」
自称走り屋だが、まさかそれが職業ではあるまい。
「炎麗夜さんって職業なんなんですか?」
「走り屋だよ」
「え?」
「旅暮らししながら、その土地で仕事探すって感じかね。このスピード生かして荷物運びが多い……かな」
そういう暮らしが成り立つんだと、ケイは驚きと感心を覚えた。
猪のスピードが上がった。
「もうすぐナゴヤ港に着くよ!」
炎麗夜の言葉通り、船が見えてきた。
停泊している船はどれも帆がついている木造船だ。小型の船舶ばかりだが、一つだけあった大型の船を炎麗夜は指差した。
「あれは外国の貿易船だね」
「貿易って、鎖国してるから海外と外交ないんじゃないですか?」
「は?」
「なんか変なこといっちゃいました?」
「ごめんごめん、旅暮らししてなきゃ知らないってこともあるだろうね。鎖国って言っても、すべての資源を自国でまかなえるわけじゃないさ、特に貴金属はね。民間の貿易は禁じられてるが、政府はちゃあんと外とのパイプを持ってるさ」
江戸時代の鎖国も、外交や貿易の権限を幕府が制限や管理していただけで、完全に閉ざされていたわけではない。
レンガ造りの倉庫街が見えてきた。
炎麗夜はなにやら倉庫を一つ一つ確認しているようだった。
「弐番倉庫ってどこなんだろうねえ」
「そこに行くんですか?」
「とりあえず仲間と合流しとかないと……あったあった参番、弐番、おっ!」
炎麗夜の視線の先をケイも見た。
ビキニ鎧を着た三人の娘が立っている。一人はこちらに手を振っているようだ。
黄金の猪が倉庫と娘たちの前で止まった。
外ハネのショートヘアの娘が炎麗夜に詰め寄ってきた。
「総長遅いですよぉ」
今度は内ハネのショートヘアの娘が近寄ってきた。さっきの娘と顔が似ている。
「炎麗夜さま、心配したのですよ?」
この顔の似ている二人は姉妹だろうか?
歳はだいたいケイと同じくらいに見える。
最後に近付いてきたのは、羽根飾りのついた西洋風の兜を被った凜とした女。
「炎麗夜様、あれほどはぐれないようにと、申し上げた筈でございますが?」
「はぐれたのは三人のほうだろう。おいらは先頭を走ってただけさ」
「ふ〜れ〜い〜や〜さ〜ま〜」
女は呪詛でも吐くように炎麗夜の名前を呼んだ。怒っているのは明らかだ。
すぐに炎麗夜は話題を逸らそうとした。
「紹介するよ、道すがら保護した乳友のケイだよ!」
炎麗夜に背中を押されてケイが前に出た。
「はじめましてケイです。炎麗夜さんには野盗に襲われそうになったところを助けてもらって」
ニッコリ笑顔の外ハネ娘が、ケイの両手を取って握手をしてきた。
「よろしくっ! ウチが風羅(ふうら)で、こっちが妹の風鈴(ふうりん)」
名前を呼ばれた内ハネ娘が頭を下げた。
「はじめまして、風鈴と申します」
姉とは対照的にお淑やかな雰囲気だった。
最後に残った女は片手で握手を求めてきた。
「わたくしは颶鳴空(ぐうな)と申す。炎麗夜様の乳友ならば、我らとも乳友だ。今後ともよろしく頼むぞ」
「はい、よろしくお願いします」
ケイはちょっぴり笑いを堪えるのが必死で、口の端が引きつってしまっていた。端正で真面目な顔をした颶鳴空が、平然と、しかも低音ボイスで?乳友?と言うのがツボにハマってしまったのだ。
乳友ということで、やはりこの三人娘も豊満な胸の持ち主だった。炎麗夜には及ばない、ケイと同じくらいの爆乳レベルだ。
颶鳴空が炎麗夜に耳打ちをする。
「この者もエクソダスさせるのですか?」
「その話はしてない。悪い奴じゃあないから、話しても平気だろうさ」
作品名:魔導姫譚ヴァルハラ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)