魔導姫譚ヴァルハラ
「このオカマもおっぱいハンターなの!?」
ケイの大声が木霊した。
「フェザーアロー!」
次の瞬間、マッハの翼からフェザーアローが発射された。
翼の矢が狙ったのはアカツキ!
「アタイの獲物を横取りしようなんて一億光年早いんだよ!(誘導弾のこの技を避けられるはずがない!)」
高下駄という悪条件にも関わらず、アカツキはすべてを見切ったように、舞いながらフェザーアローを躱した。
しかし、外れたフェザーアローはアカツキを通り越し、そこからUターンして再び襲ってきた。
アカツキはフェザーアローに背を向けていた。
マッハは妖しく微笑んだ。だが、その表情が一転して驚愕へと変わる。
なんとアカツキは一瞥もせず、その攻撃をはらりと躱したのだ。
そして、刹那。
輝線を引く一刀が羽根を斬った。
二人が獲物の取り合いをしている間に、当の獲物は逃げようとした。
「今の内です!」
先に駆け出したのは娘だった。
もしも先に飛び出していたのがケイだったら、その運命を辿っていたに違いない。
娘は叫び声すら上げられなかった。
心臓を刀でひと突きにされたこともあるが、それ以前にアカツキの美麗な双花に接吻を奪われていたのである。
重なり合う唇が離されると同時に、柔肉から刀が抜かれた。
ブシュゥゥゥゥゥッ!!
鯨が潮を噴いたように勢いよく、煮えたぎる紅い奔流が傷口から迸った。
「人殺しッ!」
心からのケイの叫び。
そこにいたのは人殺しなどという生やさしい者ではなかった。
殺人の鬼。
白かった顔は今や紅く彩られている。
マッハはその通り名を思い出した。
「そういや、カラミティのほかにも〈紅い月〉なんて呼ばれてたな」
月のように清ましたアカツキの表情。
自然とケイの瞳からは涙が零れていた。次に殺されるのは自分だと恐怖したのではない。まだ名前すら聞いていなかった娘は、もう口も聞けない。
しかし、ケイはあることに気づいた。
嗚呼、なんて娘は至福の表情をしているのだろうか……。
「次は貴様だ」
アカツキは紅い雫が滴り落ちる切っ先をケイに向けた。
「これ以上、獲物の横取りは許さないよ。この変態野郎を殺っちまいな!」
二人の間に割って入ったのはマッハだ。
さらに二機のAT零参型がアカツキに襲い掛かってきた。
アカツキの刀が風を切り、唸り声をあげた。
「貧乳の貴様に用はない。機械など眼中にない。俺様の両眼には爆乳しか映らぬ!」
刀が情熱を帯びたように炎を上げた。
「火炎突き!」
叫んだアカツキはAT零参型の胴を突いた。
「ギャアアアァァァァァッ!」
刀が突いたのはコックピットだった。有人機体に乗っていた男を突き刺し、その躰を業火によって燃やし尽くしたのだ。
操縦者を失ったAT零参型は、暴走しながらもう一機に突っ込んだ。
仲間の突撃を喰らった機体はぐらつき、そのまま地面に倒れてしまった。すぐにアームを使って起き上がろうとするが、アカツキの追撃は容赦ない。
天高く飛び上がっていたアカツキが、切っ先をコックピットに向けて飛来する。
「火炎突き!」
「ギョアアアァァァァァッ!」
またもあがった悲鳴。
生きながら焼かれ、死の灰と化す。
部下の死をマッハは動じずに、むしろ楽しそうに笑っていた。
「噂通りの強さで嬉しいよ。ネヴァンが獲物を掻っ攫われたわけだ。その炎がアンタの〈ムゲン〉か?」
「違う」
と、アカツキは短く。
〈ムゲン〉とはいったいなにか?
「ならアンタ、〈ムゲン〉に関係なく炎術士ってわけか?」
「さて……な」
「言いたくないってことか。けど炎は〈ムゲン〉じゃないんだろ。アンタの〈ムゲン〉見せてみなよ」
「貴様が見せてくれたら、な」
先に妖しく笑ったのはアカツキか、それともマッハか?
ほぼ同時に二人は動いていた。
しかし、マッハのほうが疾い!
それは驚くべきことに、目にも止まらぬ速さだった。まさに音速(マッハ)。
が、速さこそ劣るアカツキの刀は、漆黒の翼を切り裂いていた。
「キャアアアアアアアッ!!」
凶鳥のような甲高い悲鳴をあげてマッハが地面に倒れた。
アカツキはまるでそこにマッハが現れるの知っていたかのように、視界からマッハが消えた刹那にその場所に刀を振るっていたのだ。
「翼が……あああっ、人間の動体視力じゃアタイの動きは……痛い、痛ヒィィィィ!」
地面でのたうち回るマッハを、アカツキは冷たい視線で見下していた。
「いくら疾く移動できたとしても、思考も同じ速さで働かなくては意味がない。足りないのは胸だけないようだ」
皮肉を吐かれたマッハは反撃どころか、痛みで躰の自由すら効かない。
「おのれ……ああっ……ああぁン……カ……〈カイジュ〉!」
力を振り絞って叫んだマッハの翼が蠢き出す。
それはまるで肉の塊が蠢くように、翼だったものが変形していくのだ。
腰が抜けてその場から動けなくなっていたケイも、尻餅を突きながらその一部始終を見ていた。
蠢いた翼はいったん、小さな黒い肉の塊になったあと、そこから小さな翼を生やし、クチバシを伸ばし、最後に紅いカンムリのような羽根を頭に生やした。
「鳥?(なんなのいったい?)」
と、ケイはつぶやいた。
マッハの翼だったモノは、四五センチ前後の鳥に変貌したのだ。
それを見たアカツキが、だれに聞かれるでもなく説明をはじめた。
「これがこいつの〈ヨーニ〉だ。キツツキの仲間か……空を飛べる鳥類は戦術的に〈デーモン〉に適しているな」
「ヨーニとかデーモンとか(デーモンって悪魔って意味?)」
アカツキの言っていることをケイは理解できなかった。
「〈ヨーニ〉は魔導装甲機体――通称〈デーモン〉の契約体の総称、または通常の状態を言う。それからデーモンとデビルは意味が異なるから覚えておけ」
「え?(意味わかんない……もぉヤダ!)」
「説明するだけ無駄のようだな」
切っ先がケイに向けられた。
「あたしのこと殺す気?(どうせ殺すから説明しても無駄って意味?)」
「華は散る運命にある。しかしまた蕾をつけ、華咲くものだ」
死を目前に感じたケイは、娘の顔を思い出した。
なぜ、あんなにも至福の顔をしていたのだろうか?
「(あたしもこのひとに殺されたらわかるかな……)」
最期の覚悟をしてケイが目をつぶろうとしたとき、アカツキの刀を持つ手が震えた。
「くっ……限界にはまだ……早い筈……」
急にアカツキがケイに背を向けて走り出した。
死を覚悟していたケイの躰から一気に力が抜けた。
「な、なんなの?」
アカツキは消えた。
不可解な逃亡だった。
マッハも弱っているキツツキを抱きかかえて立ち上がった。
「今はやむなく引くが、オマエはアタイだけの獲物だからな爆乳女!」
そして、マッハもこの場から走り去って姿を消した。
嵐のような出来事だった。
その嵐が残した爪痕は……?
紅い海に沈んで横たわる娘の傍でむせび泣く父の姿。
過ごした時間の長さは関係なかった。
ケイは失った悲しみが蘇り、その場に蹲って動けなくなってしまった。
作品名:魔導姫譚ヴァルハラ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)