魔導姫譚ヴァルハラ
先鋒はマッハだ。
音速で宙を飛翔して、ケイを抱きしめ捕獲した!
そのままマッハはケイに巻き付いていた触手を、飛翔したまま引っ張り千切った。
異形の都智治はすぐにケイを取り戻そうと触手を伸ばしてくる。
モーリアンがそれを許さない。
「〈死の荒野〉!」
触手が見えない壁に弾かれマッハたちに届かない!?
それがモーリアンの発動させた〈ムゲン〉の能力だった。
「この〈ムゲン〉はフィールド内にいる私以外の者が全員死亡するか、私が死ぬか解除するまで発動される。発動中は外に出ることも、外から入ることも許されない」
この間にマッハがケイを連れて逃げる。任務は成功したも同然だった。
しかし、突如天空がルビー色に輝き、マッハは上空で動きを止めてしまった。
空が墜ちてくる!
轟々々々音(ゴォォォン)!!
ルビー色の巨大光線が〈死の荒野〉のフィールドを突き抜け、異形の都智治を呑み込んだ。
間一髪で逃げたシキは炎麗夜に肩を貸しながら、遥か上空を見つめた。
「まさか〈メギドの火〉を新政府が……いや、やはり奴らも動いているのか!」
昼間に見える微かな月。〈メギドの火〉が墜ちてきた遥か天空には、月があったのだ。
異形の都智治の姿はもうそこにはない。
換わりにあったのは、赤黒い巨大な塔だった。
《アカツキ君、ついに〈バベル〉が完成したから地上に送ったよ。さあ、君の集めた〈アニマ〉をもらおう》
どこからか響いてきたゼクスの声。
赤黒い巨大な塔――〈バベル〉からプラグが触手のように伸びてきた。
魂の抜け殻同然と化していたアカツキの胸や背中にプラグが刺さる。
「くっ!」
アカツキの躰が反り返った。
さらにプラグはアカツキの口腔にまで侵入してきた。
「う……く……」
いったいなにが行われようとしているのか?
プラグがバキュームホースのようになにかを吸い上げている。
アカツキの躰に刻印してあった紋様が消えていく。
なにが行われているのかわからなければ、動きようがなかった。
シキが〈バベル〉を見上げた。
「キミたちは何者かな、いったいなにが目的なのかな?」
《猫を被るのは……ああ、それは犬耳か。とにかく演技はやめて、ちゃんと話そうじゃないか紫苑君》
「演技じゃないよ、この姿の人格なんだ。それはいいとして、やはり旧政府――〈光の子〉の関係者かな?」
《ワルキューレのゼクス、元エデン政府の科学顧問だよ。ワルキューレと言っても、今じゃ二人しかいないケド》
「引きこもりのゼクスちゃんか……今は月面に封印されて、そこで引きこもり生活ってことかい?」
二人の会話にモーリアンが口を挟む。
「旧政府と言うことは、三〇〇年前に滅びた帝都エデンの生き残りと言うことか?」
元エデン政府の科学顧問――ということは、少なくとも三〇〇年以上は生きていることになる。
炎麗夜がつぶやく。
「餓鬼の声にしか聞こえないねえ」
《お婆さんでも、お子様でもないとだけ言っておくよ。おっと、こうしている間にも作業が完了したようだ》
アカツキからプラグが抜かれ、〈バベル〉へと収納されていく。
《先ほどの質問に答えてあげようかな。なにをしていたかというと、簡単に言えば〈光の子〉の復活だよ。この世界に散らばってしまっていた〈ソエルの欠片〉を、アカツキ君を使って集めさせていたんだ》
地面で這いつくばるアカツキが顔を上げた。
「なんの話をしている……巨乳の娘たちを楽園で復活させるのでは……ないのかっ!」
《技術的には可能だケド、それは君を働かせるための口述、いわば嘘》
「なんだとッ! 巨乳狩りで殺される前に魂を俺様が吸い出し、安全な楽園で肉体を復活させて魂を移し替えるというのは、すべて……すべて嘘だったというのかッ!」
《それを行うことにメリットがない。そんなくだらないことよりも、ボクらにとっては〈光の子〉を復活させるほうが死活問題でね》
意見の相違。
偽りの楽園を築くために働かされてたアカツキ。
絶望、怒り、後悔が渦巻き、アカツキが大地に爪を立てた。
ごぼっ!
眼を見開いたアカツキの口から朱い塊が吐き出された。
《アカツキ君、君はもう限界だ。他人の魂魄、つまり魂(こん)である精神や心などの霊体と、魄(ぱく)である躰の設計図を取り込み過ぎたんだ。狭い建物にはたくさんの人は住めないし、同じ場所に二つの建物は建てられないよね。もうこちらで〈アニマ〉を取り出しとはいえ、もう君の躰は限界なんだ》
「俺様はなんのために……もう紅華も失った……うぉぉぉぉぉぉぉっ!」
最後の力を振り絞ってアカツキが立ち上がり、〈バベル〉に向かって駆け出した。
神の雷。
〈バベル〉の頂上からアカツキに向かって雷が墜ちる。
虫の息で生身の人間であるアカツキ。
あの雷が墜ちれば……。
アカツキの頭上で閃光が迸った。
何者かが雷を弾き返したのだ。
その者は紅い花魁衣装に身を包み、背中には輝く翼を生やしていた。
作品名:魔導姫譚ヴァルハラ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)