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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導姫譚ヴァルハラ

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第15章 バベル


 五メートル越える肉の塊。
 赤黒い肌、何重にも波打つ肉、芋虫のようだが、丸々と太りすぎた赤子のようでもある。その全身はフジツボなようなもので覆われ、その中には眼のようなものがある。さらに不規則な並びで躰の各部にあるイソギンチャクのようなものから、細長い触手が束になって蠢きながら伸びている。
 想像を絶して?いない?醜さ、ゆえに人間の視覚で捉えることができたのだ。
 それでもケイを恐怖させて立てなくするには十分だった。
「なんなの……気持ち悪い」
 触手の先端から白濁液が噴き出した。その液は胃を悪くしそうなほど、強烈な甘い匂いを放っていた。
 異形の都智治からナメクジのような眼が五本伸びた。フジツボの中にあるのは眼ではないのか。その眼に映ったのは、三人の巨乳。
 真っ先に狙われたのはケイだった。
 触手が伸びる!
 炎麗夜が駆ける。
「ケイ!」
 シキは鎖を放った。
「逃げてケイちゃん!」
 どちらも間に合わなかった。
「きゃーっ!」
 触手に捕まったケイが宙づりにされた。
 無数の触手がケイの服を破り、その肉体に絡みついた。
「ああっ……やめて離して……いやっ、いやいやっ!」
 全裸にされたケイを助けようとシキは鎖を放とうとしたのだが、その瞳に映ったものを見て動きを止めてしまった。
「あの刻印はまさか!」
 肌を這う触手の間になにかが見える。そこはケイの腰の辺りだった。臀部の割れ目のちょうど上の辺り、そこに刻印があったのだ。
 炎麗夜もそれに気づいた。
「契約の刻印に違いないよ!」
 〈リンガ〉と〈ヨーニ〉が契約をすると、お互いの身体のどこかに刺青みたいな紋章が浮かび上がる――と風羅がケイに話したことがあった。
 しかし、正確には少し違うのだ。
 シキはその事実に気づいた。
「あの刻印は契約をしていないよ。契約をする前に刻印があるのは、〈ヨーニ〉だ!」
 驚愕が走った。
 だが、ケイはそれどころではなかった。
「ううっ……助けて……あああっ!」
 双丘の魔肉の頂にある桜色の蕾が触手の先端に吸いつかれ、激しく伸ばされて渦を巻くように動かされているのだ。
 炎麗夜は異形の都智治に殴りかかった。
「世界の美貌をこの手に(ミスワールドパンチ)!」
 輝く栄光の拳が異形の都智治に触れた瞬間、焼けるような痛みが走った。
「くあっ!」
 叫んだ炎麗夜が拳を押さえて後退った。その拳は赤く爛れていた。
「また〈崇高美〉が崩されただけじゃあない。こいつに触れると肉が焼かれるよ!」
「ならボクの出番だ、〈ファルス〉合体!」
 テンガロンハットを安全な遠くへ投げ飛ばし、〈ムシャ〉化したシキ。
 銀色のレージングと金色のドローミが同時に放たれた。
 シキが放ったのは二本、相手は無数だった。
 レージングが触手に捕まった。さらにドローミまで!
 二本の鎖ごとシキが空高く投げ飛ばされた。あの高さから落ちれば人間は即死だ。
 鈍く低い音と共にシキが地面に激突した。
 だれもがシキは死んだと思った。
 しかし、瞬時にシキは立ち上がり次の行動に移っていた。
 それよりも疾く動いていたのはアカツキだった。
「華艶乱舞(かえんらんぶ)!」
 炎を宿した刀を振り回し乱舞する。
 触手を次々と燃やし斬ったアカツキに、巨大な蟹(かに)の手のような螯(はさみ)が振り下ろされた。
 刀が螯を受けた。
 硬い殻にひびが奔り、そこから滲み出た液体が刀を一瞬にして錆びにした。
 そして、刀は折れるのではなく崩れたのだ。
 武器を失ったアカツキは素早く後退して手のひらの上に炎を出した。
「炎翔破(えんしようは)!」
 アカツキの手から放たれた炎玉(えんぎよく)が螯を焼く!
 炎術士アカツキの姿を見てシキは驚いた。
「まさか火斑(ほむら)一族の生き残りか! 馬鹿な、あの一族に男児は生まれないはず!」
「俺様が最後のひとりだ。一族の存亡をかけて俺様は遺伝子操作で生まれたんだ」
「すまないアカツキ」
「なぜ謝る?」
「昔愛した女性(ひと)が君と同じ一族だった。ボクは彼女を裏切り、運命を大きく狂わした。彼女の姉には今も呪われている気がするんだ……三〇〇年以上ずっと」
「やはり貴様何者だ?」
 シキはそれに答えなかった。
 ケイを救う戦いが繰り広げられている中、バイブ・カハは静観していた。異形の都智治は豊満な胸と刃向かう相手しか眼中にないようだ。だが、このまま静観するつもりはなかった。攻撃を仕掛ければ異形の都智治の眼に入る――ゆえに仕掛けるときは、任務を果たすとき。
 モーリアンの視線はケイを中心に動いていた。
「あの娘が危なくなったら、確保できなくても戦闘に突入する(マダム・ヴィーのはじめの命令はシキの捕獲だったが、今はあの娘をなにがあろうと生け捕りにせよとのこと。あの娘になにがある?)」
 思考を巡らすモーリアンにアカツキの眼が向いた。
「やはり(貴公は人間の思考を読めるのか、アカツキ?)」
 モーリアンは頭の中でアカツキにメッセージを送った。
 しかし、アカツキは何事もないそぶりで再び異形の都智治に向かって行った。
 異形の都智治との戦いは続く。
 無数の触手と三本の螯、さらに蟷螂のような鎌の手が襲い掛かってくる。戦いの中で異形の都智治は変異し、新たな武器を生み出しているのだ。
 炎麗夜は果敢にも素手で触手を引っ張り、ケイを地面に降ろそうとしている。本体に触れなければ、肉は焼かれないらしいが、ほかの触手や螯や鎌までが邪魔をしてくる。
「シキ!」
「なんだい姐さん取り込み中なんだけど!」
「なんでも縛る鎖はどうしたんだい!」
「相模湾あたりの底にあるのかなぁ、あはは」
 シキはグレイプニルを持っていない。
 こうしている間にもケイは陵辱を受けている。
 そして、ついに炎麗夜とシキの四肢も触手に捕まってしまった!
 異形の都智治が粉砕機のような口を開いた。
 ケイの汗がその口へ。
「いやっ、死にたくない死にたくない死にたくない!」
 泣き叫ぶケイは為す術もなかった。
 アカツキが両手に炎を宿した。
「双龍炎(そうりゆうえん)!」
 渦巻く二対の炎が龍のごとく都智治に襲い掛かる。
 都智治は巨大な口をアカツキに向け、青白い汚液を吐き出した。
 業火の龍が汚液に呑み込まれ消えてしまった。アカツキも汚液から逃げられない。
 花魁衣装がはだけ壁のように広がった――アカツキを守らんがため。
「紅華!」
 アカツキの悲痛な叫び。
 花魁衣装に穴が開き、溶けていく。青白い汚液は溶解作用があったのだ。
 溶けかかっている花魁衣装は、人型へと変貌していく。その人型も半ば溶けている状態だった。
「紅華! 紅華! どうして……ぼくを置いて逝く」
 人型〈デーモン〉に寄り添い、アカツキは涙を流して項垂れた。
 さらなる仕打ちがアカツキを襲う。
 触手が人型〈デーモン〉を捕らえたのだ。この〈デーモン〉も豊満な乳房の持ち主だった。
「紅華!」
 アカツキが為す術もなく人型〈デーモン〉は喰われた。
 あの粉砕機のような口の中へ消えていったのだ。
 膝を付いたままアカツキは気を失った。まるで魂のない彫刻のように、動くことはなかった。
 ついにバイブ・カハが動く。