魔導姫譚ヴァルハラ
炎麗夜はケイを自分の背に隠した。
「都智治潰すんなら避けちゃあ通れない道だからねえ」
手に持っていたおにぎりを一気に頬張り、炎麗夜はフレイを近くに呼び寄せた。
「〈ファルス〉合体!」
フレイが黄金のマントに変貌し、炎麗夜と合体を果たした。
合体と同時に〈崇高美〉は発動される。
先手必勝、猪突猛進!
炎麗夜がネヴァンに突撃した。
「美しく突進(ビューティフルラッシュ)!」
直線上に向かってくる炎麗夜をネヴァンは上空に飛んで躱した。
「そんな攻撃当たらなくてよ!」
足を地面に向けて急降下するネヴァン!
その足は人間のものではなく、三本の鋭い鉤爪のついた鳥の足だった。この爪で引っかかれたら肉が削ぎ落とされてしまう。
「死ねーッ!」
凶鳥の叫び!
だが、炎麗夜は動じない。動じるどころか、その顔を下りてくる爪に向けた。
「なっ!?」
眼を剥くネヴァン。その足は炎麗夜の顔に触れる寸前で止まっていた。
「おいらの〈崇高美〉は鳥の足なんかじゃあ崩せないよ」
「〈ムゲン〉の能力!?」
「〈赤毛のマッハ〉から聞いてなかったのかい?」
「くっ……ならこれならどう!」
ネヴァンは翼を扇ぎ毒粉を撒き散らした。
空気中に溶け込ませることによって、息を吸うと同時に毒が体内に送り込まれる。
「うっ……毒か……」
なんということだ、呻きながら炎麗夜が膝を付いた。
まさか〈崇高美〉の効力が及ばぬ隙が狙われるとは!
勝ち誇った笑みを浮かべるネヴァン。
「どうやら絶対の自信をお持ちのようだったけれど、アタシがアナタの天敵のようね」
「毒が回りきる前にあんた倒して解毒剤をもらうよ!」
「解毒剤なんて持ってないわ」
「自らの毒に冒されたときのために解毒剤が必要なはずじゃあ!」
「残念でしたわね。毒の耐性があるのよ」
「く……から……だ……が……」
炎麗夜が地面に崩れた。
戦うことを知らないケイが残された。
「炎麗夜さーッん!」
もう炎麗夜はぴくりとも動かなかった。
ネヴァンの顔がケイに向けられた。
「次はお嬢さんよ」
「炎麗夜さん、炎麗夜さん起きて!」
「そんなにこのメスブタのことが心配?」
「炎麗夜さんになにしたの!」
「アタシの毒で自由を奪っただけよ。躰は動かないけれど、意識もあって生きているから心配しないで、殺しはじっくり愉しむタイプだから」
ネヴァンがゆっくりとにじり寄ってくる。
息を呑みながらケイは後退りした。
鋭い爪は足だけでなく、手にも鉤爪を持っている。ネヴァンはそれに舌を這わせて不気味に笑った。
「お嬢さんの胸の肉。切り裂いたら気持ちよさそうね、あぁン!」
怖ろしくなったケイは胸を押さえてさらに後退った。
この場は逃げるしかないのか。だが、炎麗夜を置いて逃げるというか。
ケイはネヴァンに背を向けて走り出した。
「あたしが助からなきゃ炎麗夜さんも助からない!」
ここでやられたら、炎麗夜を助けることもできなくなってしまう。
しかし、ネヴァンから逃げ切れるのか!?
上空に舞い上がったネヴァン。容易くケイに追いついてしまう。ケイの躰に差す凶鳥の影。
その影が急にケイから外れた。
「ぎゃあっ、何事!?」
ネヴァンの躰が地面に引きずられる。その足首には鎖が巻き付いていた。
恐る恐るケイが振り返った先にいたのは、シキ!
「前と同じテンガロンハット探すのに手間取っちゃって。お気に入りはストックしとくべきだよね」
その手に握られた鎖。まるで凧揚げのようにネヴァンに繋がれていた。
「おのれ新手かッ!」
引き下ろされたネヴァンは、シキの近くで再び毒粉を撒き散らした。
〈崇高美〉の炎麗夜すら冒した毒。吸えば一溜まりもない。
「〈毒女(どくじよ)のネヴァン〉だね。キミの毒は効かないよ。炎麗夜にも解毒剤を飲ませたけど、動けるようになるまでには少し時間がかかりそうだね」
「嘘おっしゃい、アタシの毒に解毒剤なんて存在する筈がないわ」
「〈ムゲン〉の能力ならまだしも、所詮は此の世の毒なんだよ」
「解毒剤を出すのよ、調合した奴も皆殺しにしてやるーッ!」
鋭い足爪でシキに襲い掛かった。
「頭に血が昇って捕まってるの忘れた?」
シキはハンマー投げの要領で、鎖を振り回してネヴァンを投げ飛ばした。
すでにだいぶ回復していた炎麗夜は、その光景を見ながら笑った。
「あの女の天敵はシキのようだねえ」
これまでの戦いから、シキは多くの者の天敵であることがわかっている。
だから炎麗夜はこう続けた。
「これから〈ワイルドカードシキ〉って呼ぼうか」
地面に落とされたネヴァンは、四つん這いになってから立ち上がった。
「アカツキにやられた傷が治ってないとはいえ、このアタシがこんな無様な姿を晒すなんて……皆殺しよ皆殺し!」
逆上するネヴァンを見ながら、シキはニッコリ笑った。
「ボクを殺すのは不可能だよ」
それは絶対の自信か?
「殺されたあとに後悔しても遅いわよ!」
上空に舞い上がったネヴァンが急降下を決める!
迎え撃つシキは鎖を投げ槍のように放った。
それは鋭い突きだ。
鎖の先端がネヴァンのみぞおちにめり込んだ。
「グフッ!」
ネヴァンが墜落する。
またも地面に叩きつけられたネヴァン。自分の重量が攻撃の威力となった。
一方のシキは無傷で息も切らせていない。
「キミも魔導装甲使いなら〈ムゲン〉で戦ってみたら?」
「アタシの〈ムゲン〉は戦闘向きじゃないのよ!」
「でも活路が見つかるかもよ」
「そんな見たいのなら、見せてやるわ。〈スペルプラス〉『私バカですけど』」
「えっ、私バカですけど」
驚いたシキはさらに驚いた。
炎麗夜も呆気に取られている。
「私バカですけどってなんだい、私バカですけど」
言った本人はすぐに気づいた。
まだ気づいていないのはケイだ。
「みんなどうかしちゃったの、私バカですけど」
たしかに戦闘向きではない。だが恐ろしい〈ムゲン〉だ。おそらくネヴァンの指定した言葉(スペル)を語尾に、しゃべった者は強制的につけてしまうのだ。
慌てるケイ。
「なにこれ、私バカですけど。あたしバカじゃないし、私バカですけど。だから、私バカですけど」
相手を混乱に陥れる技だ。
炎麗夜が叫ぶ。
「しゃべるんじゃあないよケイ! 私バカですけど」
あまりの馬鹿馬鹿しさにシキの躰から力が抜けた。
「本当にくだらない〈ムゲン〉だね、私バカですけど」
この隙にネヴァンは高く高く上空に舞い上がっていた。
「アナタたち本当にバカね、私バカですけど。勝負はお預けよ、私バカですけど」
本人にも適応されるらしい。
シキは鎖を放ったが、もうこの距離では届かない。
「逃げられた、私バカですけど。これいつまで続くのかな。あっ、治った」
もうネヴァンの姿は見えなかった。技の効果は範囲的なもので、ネヴァンとの距離が関係あるのかもしれない。
とりあえずこれで危機は去った。
どうにか生き残れたことにケイは安堵した。
「シキが助けに来てくれなかったら。それにしても精神的にダメージが来る〈ムゲン〉だったなぁ。もしもエッチな言葉なんかいわされたら……あぁン!」
突然、変な声を出してしまったケイ。
作品名:魔導姫譚ヴァルハラ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)