魔導姫譚ヴァルハラ
第5章 エクソダス
倉庫の中は女たちでひしめき合っていた。
だれを見ても胸が大きい。
そう、ここにいるのはみんな巨乳以上なのだ。
いったいなんのためにここに集まっているのか?
「ここのみなさんって炎麗夜さんの走り仲間ですか?」
ケイが尋ねると炎麗夜は手を振って否定した。
「違う違う、ここにいるみ〜んな、エクソダスさせるのさ。運び屋史上初の大仕事になるね」
「ええっと、エクソシスト?」
ぜんぜんケイは言えてなかった。
颶鳴空が淡々と訂正する。
「エクソシストではない、エクソダスだ。つまりここにいる全員を国外に亡命させる」
旧約聖書にある出エジプト記をエクソダスと云う。そのエピソードから転じて、大量の国外脱出をエクソダスと呼ぶのだ。この世界も同じ出典であるとは限らないが。
「マジ?」
ケイは驚きを隠せない。
正確な数まではわからないが、三百人くらいはいるのではないだろうか?
外で見た貿易船一艘ではとても収まらない。
当然の疑問をケイは投げかける。
「こんなにたくさんの人をどーやって?」
炎麗夜がちょっと嬉しそうにニヤッとした。
「じつはすっごいもんがあるんだ。〈デーモン〉って知ってるかい?」
「たぶん」
「政府が密貿易に使ってる鯨型の〈デーモン〉があるらしいんだ。それをかっぱらって、みんなをエクソダスさせようと思ってんのさ」
この目でケイは〈デーモン〉を見たが、たしかそれは巨大な翼に変形するキツツキだった。鯨型の〈デーモン〉で、どうやって大人数を亡命させるのかわからない。鯨がなにかに変形するのだろうか?
「やっぱりよくわかんないです〈デーモン〉のこと。乗ったりできるんですか?」
「ここまで乗ってきただろう、おいらの黄金の猪フレイに」
「あれも〈デーモン〉だったんですか!?」
ケイと炎麗夜の間に風羅が身体を割り込ませてきた。
「ちなみにウチら姉妹の〈デーモン〉はネコ型なんだ」
「じゃあ颶鳴空さんは?」
ケイは尋ねながら颶鳴空に顔を向けた。
「ホーヴヴァルプニルという白馬だ」
そう言えば、炎麗夜とケイが出会ってすぐ、それら動物の名前が口にされていた。今になってケイは猫に乗るというのが、なんだか納得できたのだった。
しかし、この目で見ても動物が変形するという現象が、ケイには信じがたかった。
「〈デーモン〉って合体ロボットかなんかなんですか?」
動物ではなく機械なら納得もできる。あの変形の仕方は、機械仕掛けとは思えない生物的なものだったが。
炎麗夜は首を傾げた。姉妹もわからないようだ。三人は颶鳴空に示し合わせたように顔を向け、遅れてケイも振り向いた。
「〈デーモン〉はロボットというより、サイボーグに近いものだと思われる。旧エデン遺跡で見つかる〈聖遺物〉と同じで、ブラックボックス扱いで詳しいことはなにもわからんのだ」
ケイはぽか〜んとしてしまった。この世界で受けた説明はいつもこうだ。
そして、風羅はこう付け加えた。
「早い話が〈リンガ〉のウチらでも、〈魔装獣(まそうじゅう)〉ってなんだかわからないってこと」
またケイの知らない単語が付け加えられてしまった。
「みんなにいわなきゃいけないことがあるんだけど、あたし記憶喪失でみんな知ってるような言葉もすっかり忘れちゃってるんだよね」
と言っておけば、わかりやすく説明してくれるかもしれない。
炎麗夜がケイの背中をポンと叩いた。
「水くさいじゃあないか、言ってくれればいくらでも力になるのに。記憶を取り戻す手伝いくらいしてやるよ、乳友だろう?」
しかし、風鈴は控えめにこう言った。
「戻らないほうが良い記憶もありますわ。記憶を失う切っ掛けはなにか覚えていないのですか?」
「そんな気を遣ってもらわなくて、あたしぜんぜんへーきだし。たまにみんないってる言葉の意味がわからないくらいで、〈リンガ〉とか〈魔装獣〉とか」
ケイに続いて颶鳴空が話す。
「記憶喪失でなくとも、〈デーモン〉を知らなければ知らないのも当然だ」
そして、ケイの疑問は風羅が答える。
「〈リンガ〉ってのは〈魔装獣〉の契約者のこと。〈魔装獣〉ってのは〈デーモン〉の別名だよ。ほら、獣の姿をしてるでしょ? あたしは〈デーモン〉よりそっちの呼び名のほうが好きなんだ」
「へぇ」
ケイは何度も小さくうなずいた。
魔導装甲機体――通称〈デーモン〉。またの名を〈魔装獣〉。契約者のことを〈リンガ〉と呼び、契約した相手を〈ヨーニ〉と呼ぶ。というのが今までケイが知ったことだ。
さらに風羅が説明を続ける。
「〈魔装獣〉は獣の姿をしてるんだけど、変形して〈リンガ〉と合体することができるんだ。装着するっていうより、身体の一部になる感じかな。その状態を〈ムシャ〉化っていうんだよ。あと〈リンガ〉と〈ヨーニ〉は契約すると、お互いの身体のどこかに刺青みたいな紋章が浮かび上がるんだ。ウチはここ」
と、いきなり風羅はビキニパンツを少し下ろした。
驚いて瞳を丸くしたケイだったが、よく見ると風羅の片方だけ見えたヒップに、地図記号などに似た幾何学的な模様が刻まれていた。
颶鳴空は自分の右太股を指差した。
「わたくしはここだ」
風羅と似ているが違う模様だ。
そして、なんと炎麗夜はビキニを外しておっぱいを丸出しにした。
「おいらはこの下乳のあたりにあるだろう?」
超乳を持ち上げて見てくれるのはいいが、ちょっと大胆すぎだ。同性のケイもちょっぴり照れてしまう。
最後に残った風鈴は急に顔を真っ赤にして、両手を胸の前で振った。
「わたしは駄目です、絶対に見せられませんわ!」
いったいどこにあるのだろうか?
意地悪そうに笑った炎麗夜はケイにそっと耳打ちをした。
それを聞いたケイは驚いた顔して、真っ赤になってしまった。
風羅や炎麗夜よりも、スゴイところにあるのだろう。
集まった女たちが口々にしゃべる喧噪の中に、張り上げた声が微かに聞こえた。
それにいち早く気づいたのは風鈴だった。
「炎麗夜さま、どなたかがお呼びになっていらっしゃいますわ」
ほかの者は耳を澄ませた。
「炎麗夜姐さ〜ん、シキでーす! いたら返事してくださ〜い!」
女の声が少しずつこちらに近付いてくる。
炎麗夜は手を高く上げて振った。
「ここにいるよぉ〜っ!」
その声で人影がこっちを見た。
「いた!」
テンガロンハットを被った背の高い女だ。ホットパンツから伸びる脚は鍛えられているが、とてもしなやかそうで、ビキニに包まれた胸は炎麗夜並みの超乳だ。
シキが超乳をたぷんたぷん揺らしながらこちらに駆け寄ってきた。
「遅れちゃってごめんねぇ、なんでも屋のシキでーす」
駆けて来たシキは、そのまま炎麗夜に飛び込んで、その胸をわしづかみにして豪快に揉んだ。
「愛してるよマイハニー!」
「あぁン」
炎麗夜は頬を紅潮させ、鼻から甘い吐息を漏らした。
だが、次の瞬間には顔を真っ赤にして頭に血を昇らせた。
「変態女!」
炎麗夜の平手打ちがシキの頭ごとテンガロンハットを吹っ飛ばした。
「いてててて」
両手で頭を抱えてしゃがみ込んだシキ。
ケイは自分の足下に落ちてきたテンガロンハットを拾い、それをシキに渡そうと手を伸ばした。
「どーぞ」
作品名:魔導姫譚ヴァルハラ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)