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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導姫譚ヴァルハラ

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第1章 目覚めたら


 予言は外れたかに思われたが……。

 蒼穹に雲一つなかった。
「ううっ……あぅ……」
 朦朧とする意識の中で少女は瞳を開けた。
「……はぁ?」
 それは理解ができないといった、驚きのつぶやきだった。
「はぁ〜〜〜っ!?」
 叫び声は、大地に穿たれたクレーターに響いた。
 少女がいたのは草木の一本すらない大地、そこにできた直径三〇メートルを越すクレーターの中心だった。
 立ち上がった少女は、両手を広げて仁王立ちになり、さらに驚いた。
「なんですっぽんぽんなの!」
 燦然と輝く太陽に照らされるおっぱい!
 少女は自らのFカップを越える爆乳を両手で鷲掴みにした。
「なんじゃこりゃーっ!?」
 次から次へと少女に殴りかかってくる驚きの連続。
「無乳でいつも友達にからかわれるし、クラスの男子からバカにされてたのに……」
 ここで起きている現象すべてを少女は理解していなかった。
 謎のクレーター。
 青空のもとですっぽんぽん。
 無乳から爆乳への発育。
「なにがあったの?」
 答える者はだれもない。
 生暖かい風が吹いた。
 陽光は少女の肌をジリジリと焼く。
「てゆか、あっつー」
 蒸れるショートヘアに指を入れて掻いた。
 全裸だというのに汗が滝のように流れる熱さ。汗の玉が乳房やヒップを滑り落ちて、地面で四散した。
「……アイス食べたい。コンビニどこ?」
 そんな物がこの近くにあるだろうか?
 もしコンビニがあったとしても、サイフがないどころか、服もない。
「夢……と思いたいけど、ハッキリしすぎてるし」
 この状況を少しでも理解しようと、少女は目覚める前の出来事を思い出そうとした。
 下を向いて片手で頭を抱える。
「学校の帰り道、『明日から夏休みだね』『なにする?』なんて話して……」
 目覚める前の、もっとも新しい記憶は、高校からの帰り道だった。
 終業式を終えて、明日から夏休み。
 まだ七月だというのに、八月の真夏日のような暑い日だった。
 帰り道で友達と別れたあと、コンビニでガリガリちゃんを買って、食べながら自転車に乗って……。
「あれ……あれぇ……そのあとなにがあったんだろ?」
 思い出せなかった。
 おそらく、その思い出せない記憶こそが、現状を紐解く鍵になるだろう。
「ぜんぜん思い出せない。事故にあって記憶喪失……って、コレ事故ってレベルじゃないし、名前だってちゃんと覚えてるし……あれっ、名前?」
 自分の名前がパッと頭に浮かばない。
「えっ、えっ、え〜っどうしよ……名前……マル……子? じゃないし、ケイだし!」
 ほっとケイは溜め息を落とした。
「よかった思い出せた。やっぱ事故にあって記憶が……って、事故っていっても?」
 とりあえずケイは歩き出した。
 クレーターの坂道を登りながら、遠くを眺める。
 見渡す限りなにもない大地だ。
「宇宙人が攻めて来て、世界は見渡す限り死の大地、あたしは人類最後の生き残りとか……そんなのありえな……いと思うけど」
 この大地とクレーターを見ていると、その想像もあながち外れていない気がして、ケイはゾッと身震いをした。
 クレーターを登り切ったケイは、大地と空を交互に眺めた。
 人間だけではなく動物の気配すらない。
 鳥の一匹でも空を飛んでいれば、少しは気休めになるかもしれないのに。
「……だいじょぶポジティブが取り柄だから」
 独り言が多い時点で、だいぶ心細いのだろう。
「裸だって気にしない。外で全裸になれる機会なんてないし、開放的だし、えっと……変な日焼け痕とかつかなくていいし!」
 言っては見たものの、すぐにむなしさが込み上げてきた。
「とにかくひと探そ。でも裸のままじゃマズイよね。このごろ近所で痴漢出るっ……てゆか、ここってそもそも近所なの?」
 目覚める前の記憶は学校の帰り道だったとしても、この想像を超えた事態が起きていることを考えると、どこにいても不思議ではない。もしこの場所が学校の帰り道だったとしたら、それは絶望でしかない――町も人も消滅していることになるのだから。
 ケイは額の汗を拭ったあと、重力に引っ張られていた爆乳を持ち上げた。
「うう……それにしても重いし。胸ってこんなに重かったんだ。マミが肩凝るっていってた理由がわかった。これってマミより断然巨乳だし、こんどみんなに自慢しよ」
 友達のことを思い浮かべながらも、目の前に広がる現実にはなにもない。だれもいない大地だった。
 立ち止まらずに歩き続けていれば、なにか見えてくるかもしれない。
 身を焼く熱さ、素足もだんだんと痛んできた。
「アイスぅ、ガリガリちゃん食べたいよぉ。ハーゲンデッスならもっとがんばれる!」
 無い物ねだりは、するだけむなしくなるだけだ。
「家の冷蔵庫によくわかんないアイスがあったハズ。弟のだけど家帰ったら食べちゃおう。お腹すいた、のどかわいた……もうだめ……」
 ついにケイは歩くことをやめて大地に膝をついた。
 遠くの景色が色のない炎のように、ユラユラと揺れている。
 その先になにかが見えて、ケイは瞳を大きく開けた。
「馬? 馬に人が乗ってる……馬なんて生で見たのはじめて……キムタクのCMでしか……ああ……あつい」
 バタッ!
 ケイは地面に倒れ、そのまま意識は真っ白な海に沈んだ。

 顔に当たるそよ風。
 ケイはゆっくりと瞳を開けた。
 すぐ目の前には、頬の赤い娘がこちらを覗き込んでいた。手にはうちわを持っている。
「大丈夫ですか?」
 尋ねられたケイは目覚めたばかりで、すぐに返事ができなかった。
 なにが起こったのか、まだわからない。
 辺りを見回しながらケイは、ぽか〜んとして、
「時代劇のセット?」
 と、つぶやいた。
 時代劇に出てくるような農民の家。
 土間があって、囲炉裏があって、現代風に言えばフローリングの床。天井は梁が見えたままだ。
 目の前の娘が着ているのも、継ぎ接ぎのある着物だ。
 クレーターの真ん中で目覚め、全裸で爆乳にまでなっていたと思ったら、次は時代劇の世界だ。
「…………」
 あまりの衝撃にケイは言葉ができなかった。
 娘はそのようすを心配したようで、もう一度尋ねてきた。
「大丈夫ですか?」
「え……だいじょぶ……だと思います」
 その受け答えは、ぜんぜん大丈夫そうではない。
「本当に大丈夫ですか? まさかあんな場所に全裸で倒れているなんて、びっくりしてしまったんですけど、野盗に襲われたんですか?」
「ヤトウ?」
「ですから、身ぐるみを剥がされて……ひどい……ことをされたんじゃないかって」
「は、はあ……」
 どう説明したらいいのかケイは困り果てた。
 せっかくひとに会えたというのに、ケイからしてみたら、相手は浮き世離れした時代劇の住人だ。日本語は通じているが、話の内容まで通じるのかとても心配になった。
「ええっと、あなたが助けてくれたんだよね、ありがとうございます」
 ケイは上半身を起こして、しっかりと頭を下げてお礼をした。そのときに、自分が娘と同じような着物を着ていることに気づいた。
「服も貸してくれたんだ、ありがとう」
「いえ、当然のことをしただけですから」
「…………」
 すぐにケイは会話に詰まった。