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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Ivy

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「待ってくれ。君は、どこの学校?」
 そのうつろな目が大きく見開かれ、胸元の校章が西日を跳ね返した。ザンバラは、テーブル脇に置かれたランドセルに視線を向けた。
「このランドセルは、君の?」
 ザンバラは、返事を待つことなく、横に吊られている給食袋に書かれた文字を読んだ。
「名前は、白樺可奈?」
「……、タミーは?」
 自分のよく知る名前が、その幼い顔から発せられたことに、ザンバラは胃の中がひっくり返るのを感じた。あの中学生と、同じ苗字。この子が、タミーの言っていた『女王』なのか?
「よく聞いてくれ」
 ザンバラが言うと、可奈はまだ衝撃から立ち直っていないように、ソファの上でバランスを取った。
「誰?」
「俺は、タミーの友達」
 ザンバラが咄嗟に言うと、可奈は泣き顔の一歩手前のように眉を曲げて、首を横に振った。
「嘘や。タミーは、友達おらんって言ってた」
 ザンバラは、テーブルの上に広げられた、薄い緑色の粉を見つめた。『Q』は、限界まで薄められたコカインだ。可奈が同じようにテーブルをじっと見つめていることに気づいたザンバラは、直感で動いた。可奈の手がテーブル上の残りのコカインを掴む前に、ザンバラはテーブルを反対側へひっくり返した。テレビにひびが入り、テーブルは真っ二つに割れた。跳ねるように立ち上がった可奈を力ずくで止めて、ソファに押し戻したザンバラは言った。
「やめろ!」
「嫌や! もう殺して!」
 その言葉に一瞬力が緩んだザンバラは、体の隙間を抜けられると思って体勢を立て直そうとしたが、逆に体が引っ張られるのを感じて、動くのをやめた。可奈が振り払おうとして掴んだままになった自分の腕が震えていて、ザンバラは、可奈が自分の腕に額をくっつけたまま泣いているということに気づいた。
「足りへんかもしれんから……」
 その言葉自体がパニックに陥らせるように、可奈は胸を大きく上下させて息をしながら、苦しそうにもがき始めた。ザンバラはコンビ二の袋を手繰り寄せると、過呼吸にならないように可奈の背中をさすりながら、袋の中で呼吸を続けさせた。少なくともザンバラが敵ではないということを認識したように、呼吸を取り戻した可奈は、忙しなく瞬きを繰り返すと、言った。
「ほんまに友達なん? でも、タミーは……」
「女王って、呼ばれてる?」
 ザンバラが言うと、可奈は目を伏せてうなずいた。ソファに体を預けたザンバラは、眉間を押さえた。
「くそ」
「品ないね。タミーの友達って感じがする」
 まだ少し呼吸が荒かったが、可奈は少しだけ笑顔を見せた。ザンバラは言った。
「もう、来たらあかんぞ」
「え?」
 可奈の、大きく見開かれた目。コカインが巡っているのは間違いない。ザンバラは無意識に、目を逸らせた。自分のやっていることに対する、理解を求めているのだ。助けではなくて。
「分けてよ。もうダメ? どうしたらいいん?」
 可奈の言葉に、ザンバラは首を横に振った。
「どうしてもあかん。今日でやめろ」
 可奈は体を起こして、ザンバラの肩を揺すった。
「明日はにっちが来るから! お願い。いつもみたいに、褒めてくれへんかもしれん」
「にっち? 誰やそいつは」
 ザンバラが言うと、可奈は誰にも表情を見せたくないように、ひびが入ったテレビに顔を向けた。ザンバラは、テレビに反射している可奈の表情が笑顔であることに、胸をなでおろした。
「家庭教師。一番褒めてくれる」
「勉強か? そのためにやってんのか?」
「勉強だけじゃないけど。わたしは、ほんまの子どもじゃないから」
 ザンバラはその言葉の真意を掴み切れず、体を起こした。可奈の背中をぽんと叩いて、言った。
「今日は、家に帰れ」
「嫌や。死ぬ」
「簡単に言うな」
 ザンバラが言うと、可奈は笑った。ネジが緩んで裏でカタカタと鳴っているような歪んだ声に、ザンバラは顔をしかめた。可奈は言った。
「なんで? 悲しくなるから?」
「違う。俺が死にたくなる」
 吐き出すようなザンバラの言葉に、可奈は笑顔を消した。神妙な表情で真っ二つになったテーブルを見ると、言った。
「タミー、怒らんかな」
『二年間』。ザンバラは、自分の頭に浮かんだ単語を追い払おうとした。赤谷と、その上にいる『サンプル様』。売人のタミーとマリンちゃん。用心棒の勝男。人間の屑ども。ザンバラは言った。
「白樺さん」
 苗字を呼ばれてぎくりとした可奈は、先生に呼ばれたようにかしこまって、背筋を伸ばした。ザンバラは可奈の目を見た。この二年間の目的。それは、『サンプル様』の面を取ることだった。
「おとり捜査って、分かるかな」
 可奈はザンバラの髪型をじっと見つめた。笑おうとしたが、頭の奥底ではすでに理解している様子で、その表情の変化は不自然だった。目の前の人間が再び敵に変わったように、可奈は少しだけ体を引いた。
「嘘」
 ザンバラは、ずっと伸ばしてきた髪を追い払うように、顔からどけた。腕時計を見て、あまり時間がないことを悟り、言った。
「俺は、麻薬取締官。二年間、タミーの組織を捜査してる」
「逮捕するん? 嫌や。無理。お願い……」
 可奈が言い終わらない内に、ザンバラは首を横に振った。
「大元を捕まえるだけやから、白樺さんを捕まえることはない」
 ザンバラはそう言うと、次に何が起きるのか分からず身構えるような、可奈の顔を見つめた。
「白樺圭人君は、兄?」
「うん。血は繋がってないけど」
 可奈はそう言うと、頭の中でザンバラの言葉を結び付けて、目を大きく開いた。
「お兄ちゃんも、捕まるん? 何をしたん?」
 ザンバラは首を横に振ったが、それははっきり断言できなかった。殺しは、麻薬捜査と根本的に異なる。それに、本来は所轄の署が捜査するはずの殺人事件を、外事課の二人がありとあらゆる法を破りながら、荒らして回っている。目的はあくまで、自分たちのホシ。岩村と村岡が作り上げようとしている、殺人集団の芽を摘むことだ。そして、ザンバラ自身にも、押さえたいホシがいる。原材料を調達できる、『サンプル様』。皆、自分の手柄を求めている。岩村が言っていた中で頭に残った、『我が身可愛さ』という言い回しの通り。ザンバラが眉間を押さえると、可奈は言った。
「それ、目に悪いと思う」
「それ、体に悪いぞ」
 ザンバラが可奈の制服に残った薄緑色の粉を指すと、可奈は一本取られたという風に、額に手を当てて笑った。
「……、ごもっとも」
 ザンバラは立ち上がりながら、思った。この子は相当、頭の回転が速いのだろう。可奈はランドセルを背負うと、袖についた『Q』を払い落して、言った。
「わたしは、家に帰れるん?」
 ザンバラはうなずいた。助けを求めていないのは、分かっている。商品の入った段ボール箱を開くと、仕分けられた『Q』のパケを全て中へ入れて、閉じた。後ろをついてきた可奈が言った。
「その後は?」
 ザンバラが振り返ると、可奈は背中をじっと見ていたことを悟られないように、目を逸らせた。ザンバラは言った。
「その後? 引き続き勉強がんばれよ、ほどほどに。これには頼るな」
「ひどいなあ……」
 その暗く澱んだ口調に、ザンバラは段ボールを小脇に抱えたまま、体ごと振り返った。可奈は言った。
作品名:Ivy 作家名:オオサカタロウ