Ivy
「お前のルーツやんけ。どないした?」
永井は豪快な性格そのままに、笑った。おそらく机の上に柿の種をまき散らしているだろう。新田は言った。
「浮かび上がってきてた名前を教えてほしい。あと当時の事件で、骨にまつわる話とかないかな?」
「熱中症か?」
「いや、正気や」
新田が言うと、永井は椅子から立ち上がったらしく、椅子が激しく軋む音が鳴った。足音は記憶の通りゆっくりで、歩く速度は相変わらずなようだった。棚をがらがらと開く音が鳴って、永井は言った。
「ファイルの前に来た。で、何やって?」
新田が同じ言葉を繰り返すと、永井はまだ熱中症を疑っている様子で、笑いながらもページを繰っているようだった。
「関係者は、ほとんどおらんぞ。お前がやたらゆうてた黒いクラウンは、参考の写真があるぐらいや。なんせ、死体の身元が分からんのやからな。まあ、何か分かったら、また電話するわ」
永井の協力が得られるとは思っていなかったが、新田は突然足が軽くなったように感じて、町から逃げるように、電車に乗った。家まで飛んで帰り、利史とキャッチボールをして、夕食を八十パーセント近く作ったところで、仕事から帰ってきた利子と一緒に仕上げを施し、風呂を済ませ、利子の手でアラームがセットされるのを見届けた。利子が笑いながら振り返って、言った。
「ちょっと、大丈夫?」
「何が?」
「もうなんか、心がさ。事件のこと考えてるん?」
「ちょっと、意外なとこから点と点が結ばれてきてて」
新田は、熱病に浮かされたようにノートパソコンを見つめながら、言った。利子は隣に座ると、冷えた缶ビールを新田の頬にくっつけて、言った。
「どんな感じになってるん?」
新田は、今までに知り得たことを全て話した。利子が一番衝撃を受けたのは新田と同じで、可奈が養子だったということだった。
「それは……、何か重い」
利子は目に涙を浮かべているように見えた。新田がフォローの言葉をかけようと口を開きかけたところで、言った。
「今はどうしてるんやろ。同じ市の子?」
「当時はそうやな。いや、ほんまに養子なんか、正直分からん。兄貴の圭人君と話す機会があったんやけど、俺の記憶と完全に食い違ってることもあるし」
新田が答えると、利子は缶ビールに聞かせたくないように、結露のついた缶を少し脇へよけた。
「養子縁組の履歴とかは、住民課に残ってる」
「それ、見ていいやつ?」
新田が少し身を離して言うと、利子は浅くうなずいた。
「あかんことはないっていうか、ルールはない。私らはその管理をする人間やから、データベースの中身を見ることについて、どうこう言われたりとかはないよ」
永井に続いて、利子までが協力してくれようとしている。フリーで頼る人間がいないと思っていたが、その制限をかけていたのは、自分自身だったのかもしれない。それに、可奈の件はどうしても気にかかる。新田は、利子に言った。
「ほんまにいいの?」
「大げさやね。すぐ分かることやで。期間分かる?」
五歳の時に白樺家に来たということは、一九九二年だ。新田がそれを伝えると、利子は缶ビールをまた新田の頬にくっつけて、笑った。
「なんか、バリバリ気合入ってんの、久々に見たかも」
新田は、苦笑いしながらうなずいた。眠れるか一瞬心配になったが、枕に頭をつけた瞬間眠気に襲われて、深々と眠った。