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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(1)

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僕は、上田馨という名前で、一人の女性に出会って恋をした。これはその話だ。


まずはその前に、僕がどんな人間なのかについて少しだけ詳しく話し、その後で、僕と彼女の出会いはいつだったのかを話すつもりだ。


僕の幼い頃からの様子を、長くなるけど順番に話していこうと思う。


僕はごく普通の子供だった。少なくとも、僕自身はそう思っていた。でも、僕には「どうしても自分を真っ直ぐに見てもらえない」事情があった。



僕の家はかなり古くから続いてきた家で、一族は途中から鉄鋼関係の仕事を始めて、今やそれはたくさんの子会社を抱える企業に成長していた。僕の父は、その企業で代表取締役社長をしている。


僕は一人っ子で、男子だ。


それは、ゆくゆくは家の仕事である「上田鉄鋼グループ株式会社」を継ぐために、幼い頃から努力して、やがてはそうしなければならないということを意味した。


両親は仕事で飛び回っていて、夜も遅かった。だから僕はシッターといつも過ごしていて、四歳の頃からは英語などの家庭教師も、入れ代わり立ち代わりにやってきた。


僕は、両親よりそれ以外の大人と話している時間の方が多かった。四歳以前のことは、僕は覚えていない。幼過ぎるから当然だけど。


そしてたまに僕の部屋に両親がやってくると、厳格な父はあまり甘えさせてくれず僕にいつもなにごとかを言い聞かせて、母はその様子を後ろから控えめに見ていた。


母は父との触れ合いの後で僕をよく抱き締めてくれたけど、それも父に遠慮しながらだった。



父と母が夕食会や講演会などで家に居ない日は、僕はシッターに見張られ、マナー講師の先生にあれこれと教わりながら食事をした。食べ物の好き嫌いは絶対に許されなかった。


僕が英語を習い始めて一年ほどが経ち、家庭教師の先生が「上手く英語が喋れるようになってきている」と両親に伝えると、「勉強に向く子かもしれない」と父は考えたようだった。


そして、五歳の僕にとっては大きめに見える勉強机が買い与えられ、父はいろいろなテキストや辞書などを僕の部屋に持ってきて、「やってみなさい」と言った。



それまで僕は父に冷たく扱われて、母もそんな父から僕を守ってくれることはあまりなく、他の大人も僕に対してよそよそしい中で息苦しさを感じていた。と、思う。


本当に小さい時のことだからよく覚えていないけど、毎晩一人でベッドに上がり、「あしたはパパのかいしゃがおやすみにならないかな」と思っていたのを、思い出す。

でも、僕はいろいろな勉強のテキストを与えられて、わからない漢字や単語などを辞書で調べながら、一生懸命に父の期待に応えようと勉強した。


結果は、とても良いものになった。父は初めて、「すごいじゃないか、馨!」と僕を精一杯褒めてくれた。僕はそれがとても嬉しかった。

その日から僕は勉強に熱中して、一年後に小学校に上がる頃には、もう中学の範囲の勉強を家で始めていた。


僕は、小学校で仲良くしてくれる大勢のクラスメイトを、最初は嬉しく思っていた。彼らはしきりに僕の家の事を聞きたがって、僕が何をしても褒めそやした。

僕がそれにうんざりした時、自分は一人の人間として見てもらえていないということに気付いて悲しくなり、独りになってしまった。




でも僕は、そのことに怯えなくていいということも知っていた。木森さんがいたからだ。




「木森さん」とは、僕が五歳の頃までうちに住み込んで家事をしてくれていた人だ。


他にも二人のメイドさんがいたけど、二人ともあまり僕に興味もなさそうで、僕に芯から優しくしてくれていつも気にかけてくれていたのは、木森さんだけだった。


だから僕はよく木森さんに甘えて、「絵本を読んで」とねだったり、「いっしょにパズルをやろうよ」と遊びに誘ったりした。


木森さんはいつも「お仕事が済んだらですよ」と言って、仕事が済むと僕の部屋に内緒で来てくれて、僕が絨毯の上に広げた絵本を手に取って膝に抱え、僕を隣に座らせて小さな声で絵本を読んでくれた。



でも、木森さんはある日急に解雇となって、僕の家を出て行った。



僕が、玄関に向かい荷物を背負って歩いている木森さんを見て、どこに行くのかと見送りに出ようとすると、木森さんは振り向いて、「お元気で」とだけ言った。


そこへ仕事に行こうとしていた父が通り、「部屋に戻りなさい!」と僕は怒鳴られた。だから僕は自分の部屋に戻り窓に張り付いて、木森さんが家の門に向かい歩いて行くのを泣きながら見送った。


木森さんは多分、僕に近すぎるという理由で父に厳しく咎められ、出て行かされたんだと後々になってから思った。



でも、木森さんがいつでも優しくしてくれていたから、「僕が何者であっても、きちんと僕自身を見て優しくしてくれる人はいるんだ」という安心感を、僕は心の隅にしまうことができた。



だから、自分を褒めるだけのクラスメイトと孤独な気分で喋っていても、気分に任せてわがままを言うことはしないで、なるべくその場にいる人たちみんなに優しくしてみようと思った。それで、少しは心を許してくれる友達もいた。



僕は家に友達を呼ぶのは許されず、学校から帰ったら大体は家で過ごさなければいけなかった。


外出したい時は教育係の人にどこに行くのか説明して、お許しが出なければ二階にある自分の部屋に戻るか、一階の居間で過ごさなければいけなかった。


友達と遊びに行きたいのに、僕は家で勉強をする他にできることがほとんどと言っていいほどなかった。


楽器の教室や体操教室、スイミングスクールも通わされたけど、どれも僕には向かないようだとわかると両親はそれらをやめさせて、「勉強しなさい」と僕に言い渡した。


子供らしく過ごせなかった辛さもあったけど、僕は勉強は好きだったので、苦手な「お教室」に通わなくて済んだことだけは有難かった。



勉強は好きだった。たくさんの知らないことがあって、一つ一つを知っていって問題を解いてみると、とてもよく当たる。


それは僕を得意な気分にさせて、わざわざ仕事から帰る父を待つために頑張って起きていて、満点を取ったテキストを見せに行ったりした。


そういう時に父は、「こら、寝なくちゃダメだろう」と言いながらも、ちょっと困った顔をするだけで怒りはしなかった。そして、僕の全問正解のテキストを眺めて頷き、「よくやった。次も頑張りなさい」と言ってくれるのだった。


作品名:馨の結婚(1) 作家名:桐生甘太郎