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未来は私らの手の中

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 始まりはかなり突然の一言だった。
「バンドやろうぜっ」
「は?」
「えっ、それって新しいギャグ?」
 間抜けな反応を示す二人を黙らせるように麻衣子は続けた。
「だ・か・ら! 私は三人でバンドやろうって言ったの。日本語ワカリマスカ? わからないって言うならこの瞬間にあんたたち二人は二十一世紀のお間抜けコンビと認定するからね」
 お間抜けコンビ呼ばわりされた茜と裕子の二人は怨嗟の声を上げた。
「『三人で』とは言ってないしー」
「つーかなんでバンドなのさぁ。馬鹿なの?」
 ――バン!
 思わず机を掌ではなく拳で叩き付け、しばし痛みに苦悶してから麻衣子は答えた。
「もうじき文化祭でしょうがぁ、馬鹿かお前らぁ」
 麻衣子の凄まじい剣幕に圧倒されつつも茜が手を上げた。
「あのさー、一つ聞いてもいいかな」
「何よ」
「うちら三人が何部なのか知ってる? 間違っても軽音じゃないかんね」
「雑誌部に決まってるじゃない。何馬鹿なこと言ってんの」
「そいでここはどこよ」
「その部室じゃないの! いい加減にしないとそろそろキレるわよ」
 もうキレてんじゃんという裕子のツッコミは無視される。
「とにかく文化祭に向けて練習を開始します。もうこれは決定したことです。反論は一切許しません」
「部長ぉ、あたしらの疑問は」
 茜が言いかけたところを遮って、
「その辺についてはこれから説明します。耳の穴かっぽじってよぉく聞きなさい」
 と、言い終えて二人を睨み付けた。
 あまりの急展開に二人はまだぼんやりしてしまっていた。
 ここは雑誌部部室。かつては図書準備室であったため室内は本で溢れかえっている。ドアを開けてまず目に飛び込むのはそれら壁一面に積まれた本の山で、地震が発生した場合倒壊するのは確実だ。置かれたホワイト・ボードと長机は会議室から持ち出してきたもので、言わば『盗品』である。備品の多くは他の部屋からかっぱらってきた物が大半であるため生徒会からは『泥棒猫』呼ばわりされている。机の上は読み散らかした雑誌や家庭科室から持ってきたポッドなどが散乱しているうえに、窓はカーテンとロッカーによって塞がれ昼間でも薄暗い。穴倉のような印象さえ受ける部屋である。
 そんな部室の中に三人は集まっていた。現在は放課後。どこからか運動部の掛け声が聞こえてくる。
「なんだかイマイチよくわかってないみたいなので最初から説明します。万一質問のある方は挙手を」
 一人気勢を上げているのは本多麻衣子(十七歳・眼鏡・黒髪ロング・雑誌部部長)である。
「なんでバンドなんかやらなきゃいけないんでしょうか。そこんとこわかりやすく説明してもらえますか」
 真っ先に質問したのは本村茜(十七歳・ポニーテイル・雑誌部会計兼書記)であった。いかにも不満そうな調子だ。
 麻衣子は自信たっぷりに、
「ズバリ部員獲得のためです」
 と答えた。するとすかさず、
「どーこが『ズバリ』なんですか! 全く説明になってないでしょーが」
 藤森裕子(十七歳・眼鏡・ショートカット・雑誌部副部長)がツッコミを入れた。
「うちらは雑誌部なんだから部誌作って売るのが本業でしょうが」
「その部誌が一学期何部売れたかあなたはご存知かしらん、副部長の藤森さぁん?」
「ぐぬぅ」
 イタイところを突っつかれて裕子は言葉に詰まった。前期は裕子プロデュースで作ったものだったからだ。
「さぁさっさと答えちゃいなさい。何部よ」
 距離にして数センチもない位置まで麻衣子は詰め寄った。
「……二部です」
「聞こえないわよぉ?」
 嫌味たっぷりのネチネチした口調に裕子の中の『何か』が弾けた。
「二部だっつってんだろうがぁ!!! そーだよ確かに売れなかったよ、笑えるほど売れなかったさ! しかしッ! その責任はッ貴様にもあるッ!」
「何ィィィ!!!」
 二人の無闇に熱いファイトを横目にしつつ、
「ホントこいつら毎度よく飽きねーな」
 と、茜はぼやいた。雑誌部名物とも言えるほどに御馴染みとなってしまった光景である。
しばらくそのまま放って置いたが、そのうち精神力による守護霊的なものを出すんじゃねぇかというくらいにヒートアップしてきた口喧嘩にさすがに茜が割って入った。
「はいはい、続きは外でやりなさい。このままじゃ埒が明かないっしょ。ここらへんで一時休戦としなさい」
 二人は肩で息をしながら、
「そ…それもそう…ね」
「ここ…いらで…」
「ちょっとあんたたち大丈夫なの? 魂が疲労してるじゃない!」
 慣れている茜もさすがに呆れ返った。
 しばらくしてやっと正気に返った二人が再び口を割った。
「部長、この際ハッキリ言わして貰っていいですか」
 先手を取ったのは裕子だった。
「構わないわ。遠慮なく仰ったら?」
 麻衣子は余裕かましているが内心は何が飛び出してくるのかかなり不安になっている。
 対する裕子は真剣な面持ちで、
「諸悪の根源は――本多麻衣子、あなたです!」
 人差し指を突きつけつつ叫んだ。
「な、何を根拠にそんなことを」
 明らかに思い当たるフシがありまくりな様子である。
「ふふん」
 裕子は不敵に笑ってから続けた。
「あなたは四月の部活説明会で何をしでかしたか覚えてますよね? まさか忘れたとは言わせねぇ」
 その一言に麻衣子はノックアウトされた。がっくりと肩を落とし真っ白な灰となった。
「あー、あれねぇ。確かにあれはマズったよねー」
 持ち込んだ煎餅を齧りながら呑気に茜が言った。
「もー、他人事じゃないんだからね。五人くらいは新入生が入る見込みだったのにさぁ。おまけに先輩たちも部活に出て来なくなるし」
 この高校では文科系のクラブは二年生が中心となって活動するのが伝統である。そのため学年末テストが終わると役職は一年生に引き継がれるようになっている。その時点で雑誌部の一年生は麻衣子、裕子、茜の三人しか残っていなかったため、紆余曲折を経た後に麻衣子が部長に任命されたのだが、そこから悪夢は始まった。それまで麻衣子は多少おかしな言動をする時もあるにはあったが割合正気で、どちらかと言えばおとなしい少女だった。それが部長職に任じられて以来、ハイテンションかつ電波な発言を繰り返すようになったのである。周囲の人間たちは困惑の色を隠せなかったが、麻衣子自身はどこ吹く風で、結局なんの手も打てぬまま新学期と相成ってしまった。
 悲劇が起きたのは四月の上旬に講堂で行われた部活説明会だった。これは新入生相手に各部の部長・副部長が活動内容の説明をしたり、部によっては大人数でパフォーマンスをしたりするというやつである。
 正直裕子は不安でしょうがなかった。なぜなら何をやるのか一切知らされていなかったからだ。麻衣子に何度尋ねてみても、
「裕子は横でつっ立ってるだけで万事オッケーだから。あたしがバシっとキメるから心配無用よ」
と、繰り返すばかりで、正直聞かなきゃよかったかなと思ったほどである。まぁ部が活動に窮するようなことはしでかさねぇだろうと高を括っていたのだが、麻衣子は予想を遥かに上回ることを平然とやってのけてしまったのである。
作品名:未来は私らの手の中 作家名:黒子