小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

涼子の探し物(9)

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 

「お姉ちゃん。僕、行っていい?」



「えっ…?」



服の袖で涙を拭い直して良一君を見ると、良一君は少し張り詰めて、真剣な眼差しをしていた。

それから良一君は床に正座をすると、前を向いて私を見つめる。



「僕、お母さんに会えるかは分からないけど、お母さんのところに行って、「僕もお母さんを忘れない」って言ってきたい。だから、行っていい?」



ああ、この子、本当に優しいんだ。胸が痛くなるほど。




私も良一君も、泣いていた。昼下がりの柔らかな光が、半開きのカーテンから差す部屋で。



雀のさえずりは、さっきまで遠かったのに、今は私たちを優しく慰める。




「ありがとう。お姉ちゃん。僕、お姉ちゃんのことも、ずっと忘れない」








さようならは言わないで、私たちは別れた。良一君が泣きながら笑っている姿は、陽の光に溶けるように、消えていった。



私はしばらくは、悲しいんだか嬉しいんだか分からない気持ちで泣いていた。



良一君は私を忘れないと言ってくれた。そのことが嬉しくて、良一君がお母さんのところに行けるのが嬉しくて。それから、やっぱり良一君は帰って来ることはないのが悲しくて。




良一君、私だって、ずっと忘れないよ。



そう言えば良かったかな…。








翌朝になって、お母さんから電話があった。

スマホの画面にめずらしく「お母さん」と出たから、何かあったのかとすぐに通話ボタンを押すと、お母さんはすごく興奮しているみたいだった。

「涼子!大変よ!大変なの!」

私もびっくりして、「どうしたのお母さん、落ち着いて」と何度か言い聞かせると、お母さんはやがて、電話の向こうで泣きながら話始める。

「あなたが帰ってきた時にした、私の友達の話、覚えてる…?」

ぐすぐすと鼻を詰まらせて、なんとか喋ろうとしているお母さんの声を聞いて、私は胸がずきんと痛んだ。

「う、うん…」

私は緊張して身構える。どうか悲しい話じゃありませんように。そう祈る。

「昨日ね、その友達の夢にお子さんが出てきて、自分を慰めてくれたんですって!それで、本当に助かったんだって言っていてねえ!…友達の元気な声が久しぶりに聞けて…もう、びっくりするやら嬉しいやらで…大変よ!」

お母さんは泣き笑いしながら終始興奮気味に話をしていた。私はもちろん良一君の事は知らない振りをしていたけど、すごく嬉しかった。



そっか。夢枕に立つって手があったのね。



ああ、良かった。



そう思って私はここ何日かで急にいろいろな事が過ぎていき、自分がその中を駆け抜けていたのを思い出す。





もし良一君を初めて見つけたあの時、すぐに回れ右をして翌日引っ越しなんかしてしまったら、良一君もお母さんも救われなかったかもしれない。



あの時話しかけてみて良かった。それから、この部屋を選んだのが私で。



どんなに恐ろしいことでも、逃げずに立ち向かえば、うまくいくことだってある。良一君は私に、それを教えてくれたのかもしれない。



それから、良一君の優しい顔、はしゃいだ笑顔、最後に見た、泣きながら笑っている顔を思い出す。




きっと、忘れないから。もし、また会えたら、あの時教えてくれてありがとうって言おう。




その時まで、私はそれを忘れずにいよう。それから、良一君が生きていたことを。










End.
作品名:涼子の探し物(9) 作家名:桐生甘太郎