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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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涼子の探し物(9)

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私は駅員さんに揺り起こされて慌てて列車から降り、キャリーカートを引きずりながら地下鉄に乗り換えた。





地下鉄の列車は混んでいて、カートは邪魔になるし、早く降りたいなあと思いながら、スマホを手に取って、なんとなく漫画サイトを開く。

そこには、「オススメの漫画!」という広告で、「きみの名前を僕は知らない」というラブストーリーの漫画の表紙が映っていた。そこで私は大変な事を思い出す。



そうよ!名前!名前を確認していなかったじゃない!



私は、「とてもよく似た話だから、もう絶対にあれは良一君の話だ」と感じただけで、本当に確認を取ったわけじゃない!





私は駅のコインロッカーにカートを突っ込み、また実家のある駅までを、残り少ないICカードの残高を削りに削り、急行を使って走った。



なんてことなの。こんな大事な事に気付かなかったなんて!だってそうじゃない!もし違う子の話だったら、良一君を更に迷わせるだけになる!取り返しがつかなくなるかもしれないのよ!



早く着かないか着かないかと、焦れったい気持ちを押さえて、私は飛び去っていく窓の外の、前方向をじっと睨んでいた。





お寺の空気は澄んだままだったけど、雨が止み、爽やかな太陽の光が差す石段は、光を返しながらも両脇の木の影に隠されて、ひっそりと光る。



ここを一段一段昇るのを一日に二回もやるなんて思わなかった…足疲れた…でも、もう少し!

お寺の後ろにある墓地を目指して歩き、なんとなく寺務所の前を小走りで走り抜けて、私はお墓の中に踏み入った。



あれ…?これ、一つずつ確認するの…?そう思って私は力が抜けそうになる。



でも、こうしなきゃ進めないんだから!やるのよ!



自分を勇気づけて、私は一つ目のお墓を確認する。違う。次も、違う。これも…。





私は初めはこわごわと、そのうちだんだんお墓を見るのも慣れて、お供え物を観察もしていたけど、あとは「まだ見つからないの?」とくたびれていった。

三十列くらいあったお墓の、奥の方の列に入って歩いていると、あるお墓の前で私は立ち止まる。

「あった…?」

小さめの墓石には、「葛家之墓」と書いてあり、私は手を合わせてしばらく待ち、「お許しください」と心の中で唱えて、中に入ってお墓の中の人の名前の彫られた石を見る。



そこには、良一君の名前があった。「葛 良一」と彫られている。



蹲っていた私は、がっくりと項垂れながら立ち上がり、お墓の前でもう一度手を合わせて、東京に帰った。







地下鉄の駅を降りて、家に帰る道々、私はなぜか暗く、重苦しい気分だった。



良一君は、本当に死んでしまっているんだ。もう、帰って来ることはない。



それは、何をしても変わらない。



それが、自分がしようとしている事がどのくらい、なんの力になるのか、もしかしたらそれは虚しい事なんじゃないかと思いかけて、落ち込んでいた。







家の前で立ち止まり、私は悲しくなる気持ちをなんとか押し留めようと思ったけど、あんまり出来ないままでドアを開ける。

カートを玄関に置いて、靴を脱ぎ、私はダイニングに向かった。



良一君は窓の方を見て、雀がベランダで遊ぶように、留まる場所をあちこちと変えるのを見ているようだった。

ゆっくりと振り向いて、良一君は「おかえり」と言ってくれた。



私は「ただいま」と言おうとしたけど、ちょっと微笑む事しか出来なかった。



だって、もうお別れなんだもの。私は俯いてしまう。



「どうしたの?お姉ちゃん。悲しいの?」

私は良一君が心配してくれるのを聞きながら、お母さんの泣き顔や、お父さんの心配そうな顔、それから久雀和尚の細められた目を思い出して、顔を上げた。



「お母さん、見つかったよ」



私がそう言うと、良一君の目が驚きに見開かれかけた。でもそれはすぐにしぼんで、良一君は横を向く。

「…そんなはずないよ。見つけるのは難しいって、お姉ちゃん言ってたじゃん」

拗ねた顔で良一君は唇を尖らせ、ため息を吐く。



そうだよね、すぐに見つかるはずなんか無かった。



「ねえ、良一君…私、この部屋を選んでよかった」



そんな言葉が私の口から出る。良一君は訝し気に私を見つめて、「どうして?」と聞いた。



私は、ここまでしてきた事を思い出す。



「あのね、うちのお母さんの友達、良一君のお母さんだったの」



「え…そうな、の?」

良一君はどう驚いたらいいのか分からないまま、驚いているようだった。私は良一君のそばまで行って、床に座る。

「うちのお母さんがね、「友達の話だ」って言って、八年前に、十四歳で亡くなったお子さんがいたお母さんが、今でも悲しくてふさぎこんでるんだって、心配してたの…」

良一君の顔が輝きかけて、それから、ぬか喜びになるかもしれないという不安で、それは途中で止まった。



「それでね…私、今日…」



ここから先を言うのが辛い。どうしよう。言わない方がいいんじゃないかな。言ったらきっと、良一君は傷つくもの。



「今日…どうしたの…?」

良一君が少しだけ、膝を抱えた体で私の方に寄る。どうしよう。



「…良一君、ごめんなさい…」



私は、泣いちゃダメなのに泣いてしまった。良一君は慌てて膝を抱えた両手を解き、私の前でその手を行き場無く揺らす。



「どうしたの、お姉ちゃん?それで?」

良一君は、期待と不安でいうと、不安の方が大きそうな顔をしていた。

そうだよね、私、泣いちゃってるんだもん。



「良一君の、お墓を…見つけたの…」



ぴしっと空気が割れたような気がした。良一君はゆっくりと腰を下ろして、ぺたんと座り込む。



ああ、やっぱりダメだったんじゃないかな、こんなことしちゃ。



でも、ここまで口に出してしまったら、終わりまで話さなくちゃ。そうじゃなきゃ、ただ良一君を傷つけただけになっちゃう。私は俯きながら涙を拭った。



「それでね、良一君の苗字はすごくめずらしいし、多分、良一君のお母さんとうちのお母さんは、本当に友達なんだと思う」

良一君は黙ったままだった。黙ったまま、もう一度膝を抱えて、泣いていた。

「良一君のお母さんね…まだ良一君がいないのが悲しいんだって…だからね、良一君…」



私は必死に、その時言う言葉を考えた。



ダメ。迷ったままで言ったら、ダメなの!



自分の思いに急き立てられて苦しい胸を片手で押さえて、私は床をじっと睨みつける。



顔を上げた私は、どんな顔をしているか自分では分からなかったけど、良一君は私を見て泣いていた。




「お母さんは、きっと良一君のことを忘れない」




そう言った私は、自分の無力さを感じていた。



何よ。たったこれだけ?私が良一君のために言える言葉って、たったこれだけなの…?



悲しくて、悔しくて、良一君に申し訳なくて、次から次へと涙が溢れる。



私が両手で涙を拭っていると、良一君が私の頬を撫でたそうに、手を近付けてきた。



「良一君…」


作品名:涼子の探し物(9) 作家名:桐生甘太郎