涼子の探し物(5)
じゃあ、私がテーブルに就いて一時間もせずに諦めた事も、その後はぼーっとスマホをいじっていて、パソコンは閉じたままで、大学で講義を受けに出かけたのも、全部見てたんだ。
じゃあ、これはちゃんと言わなくちゃ。
「ごめんね…すぐに諦めちゃったこと…でもね、私は、本当に完全に諦めたわけじゃないの」
すると良一君はちょっと眉を寄せて唇を尖らせる。不満そうに。
「だって、まだ「万策尽きたこと」が分かったわけじゃないし、日本は狭いもの。何かのタイミングで見つけられることだってある」
「…無理だよ…僕だってお姉ちゃんが探してるの、後ろから見てたけど、「ああ、絶対無理だな」ってことくらい、分かったよ…」
「良一君」
私はまた、良一君と初めて会った時のように、勇気が湧いてきた。追い詰められた時の底力かもしれない。
「「絶対」なんてないと私は思う。「確かに見つかる」なんて言えないけど、「絶対見つからない」なんてことも、多分、ない…と思う」
でも、私がそう言っても良一君は、今度は元気を出してくれなかった。
「お姉ちゃん…自分が死ぬことはもう止められないんだなって感じたこと、ないよね」
私はそれを聞いて、言葉を失う。良一君はぽろっと涙をこぼして、それを片手で慌てて隠し、膝を抱えて下を向く。
「僕だって…僕だって生きたかった…でも、もうそれは無理だった…その時に分かったんだよ…」
ああ、私、本当に馬鹿だ。
「ごめん、なさい…」
私の声はとても重たく、胸が痛くて、激しい後悔があとからあとから襲ってきて、泣いて震える良一君を見ている事が出来なかった。
きちんと謝る事も、良一君を慰める事も私は出来ずに、泣き続ける良一君を置いて、私は寝室に帰った。
翌朝、私は台所に出ると、今も目に見えない良一君が泣いているような気がして、それか私を強く責めているような気がして、苦しくて、切なくて、顔を上げられないまま突っ立って泣いた。
食事をしてからシャワーを浴びて、髪をドライヤーで乾かして、台所にまた戻った時に、何気なくテーブルの上にある卓上カレンダーの日付を見て、私は急に思い出した。
そういえば、明日はお父さんの誕生日だ!どうしよう。プレゼント選ぶの忘れてた!
良一君と出会う前の日には、「明日はお父さんのプレゼントを買いに行って、宅配で送ろう」と思ってたのに!
そう思いながら、ちら、と台所を見渡して、私は俯く。
「これを機に、一日だけ家に帰ってしまおうか。良一君と、一日だけ顔を合わせるのを休もうか」、と私は思ったのだ。
我ながら、なんて情けなく、薄情で、軽薄なんだと思った。
「でも、一日休むだけなら…」。そう思って、私はその晩良一君に、「明日はお父さんの誕生日で、プレゼントを用意してなかったから、一日だけ、顔を見せに行きたいの…」と言った。
良一君は、「いいよ。それに、僕に許可取らなくても大丈夫だって」、と笑った。その笑顔は、痛々しかった。
私は謝りたかったのにそれが出来ず、間に合わせみたいに口を開いた。
「お母さんと旅行と、か行ったことある?」
突然聞かれた事に良一君は少し悩んでいたが、やがて良一君の目はちょっと下を向いて宙に浮き、懐かしそうに微笑む。
「そうだね…一回だけ、おばあちゃんちに行った。でもそのすぐあとでおばあちゃん、死んじゃったから…僕はまだ五歳くらいだったし、もう町の名前も覚えてない。大きな川のそばを散歩したのだけ、覚えてるかな…おばあちゃんが亡くなってからは、お母さんは連れて行ってくれなかったけど…」
「そうなんだ…」
私は、良一君に、「一日で帰るから、待っててね」と言い、良一君は「ん、待ってる」と言って、その晩別れた。
実家に帰った私を何が待ち受けているのか、その時私はまだ知らなかった。
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