された記憶がない
「─ 怒ってる?」
曜子の小声が、俺の耳に届く。
「まあ…今回は 流石に度が過ぎたかもだけど」
俺は目を閉じたまま、姿勢も変えずに無言。
「ねえ。ごめんってばぁ」
機嫌取りのつもりか、曜子が頭を撫で始める。
この店ぐらいの大きさのテーブルなら、反対側の俺の頭まで、椅子から立ち上がり目一杯腕を伸ばせば、長身故に手が届くらしい。
頭を撫でれば俺の機嫌を取れると思っているのにも、その背の高さにも腹が立つ。
「今晩は、私がご馳走するから」
「…食い物なんかで……誤魔化す気か?」
「お礼なんだから、素直に奢られなさい」
「?!」
「この前、告白してくれたのと…今日、私の返事に嬉しい動揺をしてくれたお・れ・い♪」
思わず瞼を開ける俺。
目前の曜子は、喜色満面だった。
「別途、お詫びはお詫びで ちゃんとしてあげるし」
毒気を抜かれた俺は、怒り続けるのが馬鹿らしくなる。
しかし、ここで一矢ぐらいは 報いない訳にはいかない。
「夕食は、デート史上 最高に高価な料理だからな」
「り・ょ・う・か・い」
「─ だったら、誤魔化されてやる」
再び曜子の手が、俺の頭を撫でる。
「はい。お利口さん♡」