新作落語 Pub 80s
「絵に描いたようなアイドルだな、むしろ現実感がないって言うか……」
「今じゃCGのアイドルも存在しますけどね」
「さすがにあれは絵だからな、それとはちょっと違うんだ、実在はしてるんだけど現実感はないって言うのかな、応援しても良いけど触っちゃいけない、触ったら夢が壊れちまう、そんな憧れを具現化したような存在だったわけよ、アイドルってのは」
「『会いに行けるアイドル』とは違うんですね」
「そう、そもそもアイドルって言葉は偶像って意味だからな、その意味じゃ会いに行けるアイドルなんてありえないんだよ、女の子はアイドルみたいになりたいって思ってたかもしれないけど、男は実際の彼女に出来るなんて考えなかったな」
「ある意味お立ち台の女性とは対極ですね、あっちはむしろ見て欲しい、触って欲しいみたいな感じなんでしょう?」
「そうだな、確かに男から見てもエッチできそうな異性の代表みたいなもんだったかもしれないな、その意味では対極だけどさ、ああいうのをモノにしようと思ったらやっぱ外車が要るわけよ」
「なんだか現実と虚像のせめぎ合いみたいですね」
「上手いこと言うなぁ、確かに見栄の張り合いなんだけどさ、それを現実とはき違えてたようなところはあったかもな」
「あ……このBGM、聞いたことがあるような……」
「ああ、これはテクノポップだよ」
「ちょっとパフュームみたいな感じですね」
「確かに通じるものがあるな、でもこれはYMOだよ、知ってるか?」
「名前くらいは聴いたことありますけど」
「イエローマジックオーケストラの略でな、この曲は『Rydeen』だな」
「なんか電子音が入ってますね」
「そう、当時のコンピューターゲームの音を模してるんだ」
「当時のゲームってどんなだったんですか?」
「ファミコンが発売されたのが83年だったからな、70年代の終わりごろから80年代初頭はゲーセンとか喫茶店にテーブルゲームが並んでたんだ、100円入れて遊ぶ奴な」
「へえ、ゲーセンはかろうじて知ってますけど、喫茶店にゲームってのは初耳ですよ、なんか違うような気がしますけど」
「まあ、全部の喫茶店にあったわけじゃないよ、落ち着いた純喫茶もちゃんとあったけど、大衆的って言うか、商店街の外れにあるような喫茶店にはゲーム機とか漫画とか置いてあって、学生とかの溜まり場になってたな、インベーダーゲームって知ってるか?」
「あ、それ知ってます、友達が『懐かしのゲーム100選』みたいなの持っててやったことあります」
「CGしょぼかったろ?」
「正直言って……そうですね、ドットが荒いとかってレベルじゃなくてドットがそのまま動いてるだけみたいですからね」
「当時はあれが限界だったわけよ」
「30年以上前の話ですもんね……あ、BGMが変わりましたね、これも聴いたことがあるな」
「大瀧詠一の『君は天然色』、この曲が入った『A LONG VACATION』ってアルバムは必携盤だったな、発売はぎりぎり70年代だったけどな」
「今聞いてもあんまり古臭くは感じませんね」
「そうかい? 嬉しいねぇ、俺もファンで擦り切れるほど聴いたもんさ、早く亡くなったのが残念だったなぁ……」
「あ、そうか、『A LONG VACATION』ってタイトルって……」
「そう、80年代の空気を作り出したものの一つと言っても過言じゃないだろうな、なかったはずの需要をひねり出すキーワードになったわけよ、多分大瀧詠一にはそんなつもりはなかったんじゃないかと思うけど、これが売れたのに目をつけた広告代理店とかがこの世界観を利用したんだろうな」
「なるほど……」
「まあ、金余りの時代だったからさ、遊びは本格化したよな、海外旅行が当たり前になったしな」
「へぇ、海外旅行が一般化したのってその頃からなんですか」
「ああ、何しろ景気が良かったし円高も後押ししたんだろうな、A LONG VACATINの世界に手が届くようになったんだ、ディズニーランドも80年代半ばに開園したんだぜ」
「そうなんですか、産まれた時からありましたから、もっとずっと前からあったんだと思ってました」
「旧来の遊園地からテーマパークへ舵を切った時代だったんだな、お父さん、お母さんが子供を連れて行く場所から若者がデートに使う場所に変わったんだ」
「へぇ、それも遊びの本格化なんでしょうね」
「ファミレスってのも80年代からなんだよ、それまで庶民の外食って言えば蕎麦屋や中華料理屋だったのが、ちょっと垢抜けた感じの店で洋食を食うようになったんだ、外食のレジャー化だな……ところでさ、食い物って言えば、何かつまみを頼まないか?」
「ええ、パーティじゃあんまり食えませんでしたし……え~と……『究極のウインナ盛り合わせ』ってどんなのでしょうね」
「どれどれ? 『至高のチーズ盛り合わせ』ってのもあるな」
「究極とか至高とか、何なんですかね?」
「グルメブームってのもあったんだよ」
「へぇ、やっぱり遊びの本格化ですね?」
「そうさ、彼女を高級レストランに連れて行く、なんてことが夢物語じゃない時代になったってことさ、もっともな、にわかグルメだから必死で調べて、『このワインはなんたらかんたら』とかやってたわけよ、俺も経験あるけどさ、多分1,000円のワインと10,000円のワインの違いなんて分かってなかったと思うよ」
「見栄……ですか?」
「そうだな、需要の演出に踊らされてたわけだな……まあ、でも、当時の彼女が今の女房なんだけどな」
「頑張った甲斐はあったわけですね?」
「まあ、それで良かったのかどうかは疑問だけどな」
「そんなこと言ったら奥さんに怒られますよ」
「ははは、まあ、でも、時代の空気に踊らされてたのかもしれないけど、それなりに贅沢も出来る良い時代だったと思うよ、そんな俺らも結婚して、子供が出来た頃にはバブルがはじけて不況の時代になって、それでも教育費はかかるしマイホームは欲しいし、地道に必死で生きてきたわけよ……気が付いたらロングヴァケーションの世界はどこかへ消えてて、人並みの生活ができることに満足して生きて来たんだなぁって思うよ……」
「部長、どうもごちそうさまでした」
「いや、何だかこっちのノスタルジーに付き合わせて悪かったな」
「いえ、でも楽しかったですよ、興味深かったです」
「そうかい? それなら良いんだけどな……♪今の君は~ピカピカに光って~」
「それも80年代ソングですか?」
「あ、つい懐かしくて口ずさんじまったな、CMソングだよ、カメラのCMでさ、宮〇美子が木陰でTシャツとジーンズを脱いでビキニになるってシーンが印象的でさ」
「宮崎〇子って、クイズ番組とかに良く出てる、あの〇崎美子ですか?」
「そうだよ」
「ビキニになるって……」
「40年前のCMだよ、まだ20歳そこそこだったんじゃないか? ポチャッとして可愛かったんだぞ」
「今でも魅力的だと思いますけどね、博学なのに親しみやすい感じで……あ、部長ファンだったんですか?」
「まあな」
「もしかして、奥さんは似てたとか?」
「う~ん、まあ、少しだけな……でもさ」
「なんですか?」
作品名:新作落語 Pub 80s 作家名:ST