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新作落語 Pub 80s

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「部長、やっぱり得意先の周年パーティは気疲れしますね」
「そうだな、挨拶も長いしな」
「飲んだ気がしませんよ」
「確かにな……お?」
「どうしました?」
「『Pub\\\'80s』……ちょっと気になるな」
「\\\'80sって80年代のことでしょうかね?」
「多分な……飲み直して行かないか?」
「ええ、いいですよ、僕もちょっと気になりますし」

 ギィ。

「いらっしゃいませ」
「二人なんだけどね」
「かしこまりました、ご案内いたします」
「部長、なんだか随分かしこまってますね、黒いスーツのボーイですか、なんか肩をいからせてますし」
「ありゃ黒服だな」
「黒服? なんですか? それ」
「80年代のディスコじゃボーイにも階級があってな、黒スーツは主任クラスだったんだよ、黒服って言って女の子にもてはやされたもんなんだ、肩パッドもあの頃の流行さ」
「へぇ、そうなんですか、髪型も変わってますね、もみあげを剃ってて」
「テクノカットって言ってな、ああいうのがカッコよかったんだよ……お、ママかい?」
「いらっしゃいませ、ようこそPub’80sへ」
「よろしくな」
「ごゆっくりどうぞ……」
「……部長、なんか体にぴったり張り付くみたいなミニのワンピースで色っぽいですね」
「あれはな、ボディコンって言うんだよ」
「へぇ……髪型もちょっと変わってますね」
「ワンレンって言ってな、ずいぶん流行ったんだぜ、前髪をトサカみたいにおっ立てるのもな」
「羽の扇子もですか?」
「そうそう、ディスコじゃああいう髪型、ああいう格好の娘がお立ち台で乱舞してたもんさ」
「お立ち台って? ヒーローインタビューで使うみたいなやつですか?」
「いや、当時のディスコじゃ人の背丈ぐらいのステージがあってさ、ああいう格好の娘がそこで狂喜乱舞してたんだ、羽の扇子振ってな……ほら、丁度こんな音楽が大音量で流れてたわけよ」
「なんか耳に刺さるような感じですね、でも確かに気分は高揚するかもなぁ」
「ユーロビートって言ってな、70年代の終わりころにディスコミュージックが流行ってさ、それをさらに刺激的にしたような音楽だな」
「でもそういえば、部長って70年代ロックを語り出すと止まらなくなりますよね」
「ああ、80年代の音楽ってのは良くも悪くも商業主義的だからな、俺が好きなのは今でも70年代ロックさ」
「良くも悪くも……って?」
「演奏技術や録音技術、ステージングとかは80年代に長足の進歩を遂げたんだよ、〇イケル・ジャクソンみたいにな、プロモーションビデオを作るようになったのも80年代からだったし……ロックは衰退して行ったけどポップミュージックは劇的に進化したよ、そこは俺も認めざるを得ないな」
「いや、でも、あの服装で、こんなビートに乗って、人の背丈ほどの高い所で踊ってたら……」
「まあ、丸見えだな」
「あ、そうか、店側の客寄せですか?」
「違うよ、れっきとした客さ」
「でも丸見え……」
「そう言う時代だったんだよ」
「それ良い時代っすねぇ……80年代って言えばバブル経済が思い浮かびますけど……」
「まあ、一言で言えば金と色と欲の時代だな」
「あの扇子が金の象徴ですか」
「どう見ても成金趣味だからその一つではあるな、それでボディコンが色な、それを下から眺める男は欲望丸出しだったし」
「踊る方も見せたかったんでしょうね」
「体の線がぴったり出る服だからそれなりにダイエットとかもしてたんだろうな」
「涙ぐましいですね……それはそうと、さっきの名刺、変わってましたね」
「これはテレカだな」
「テレカって何ですか?」
「テレホンカード、公衆電話で使うプリペイドカードだよ」
「初めて見ましたよ」
「そうかぁ、今どき公衆電話もめったにないからなぁ……」
「店の内装も変わってますね、色遣いがポップって言うか、まとまりがないって言うか……」
「これはポストモダンだな、ほら、あの棚もめちゃくちゃポップだろ?」
「確かに……でも、なんかあんまり機能的には見えませんね」
「そうだな、使い勝手よりもデザイン優先だな、アソビゴゴロとか言ってさ、他とは違うんだぞってのがカッコいいとされてたんだよ」
「棚とかも物を置くところが少ないし……斜めの棚板とか使い道ないですよね」
「メン〇ィスデザインって言ってな、実用性は二の次なんだ、物が置けないもんだから結局もうひとつ棚を買ったりしてな」
「そんなことしたら部屋が狭くなるだけじゃないですか」
「ま、他と違うってとこを見せるには多少の我慢も必要だってことさ」
「そうなんですか……それはそうと、この額に入ってるイラスト、爽やかっすねぇ、絵に描いたような美男美女が真っ青な空の下で楽しそうにコンバーチブルを洗車してて……」
「わた〇せいぞうのイラストだよ、ま、彼のイラストはいつでも夏だな」
「そうなんですか? なるほど、背景にはヤシの木ですもんね、どう見ても日本の風景じゃないっすよね、なんか現実感がないや……」
「『夏! 恋! しゃれたリゾートホテルのプールサイドでカクテル!』みたいなのが憧れだったからな、しかもそれが手の届かないものだとは思ってなかったんだよ」
「このイラストの世界を現実に引き寄せようって、相当なエネルギーですね、やっぱりバブルの成せる業ですかね?」
「そうだな、空前の好景気だから確かに金回りは良かったけどさ、その分それなりにみんな忙しかったな」
「そうでしょうねぇ……」
「まあ、あくせく働いてたけどさ『俺もバッチリ稼いで可愛い彼女とビーチリゾートしたり外車買ったりするんだ』って思えば頑張れたわけよ」
「そう言う欲がバブル経済を支えてたんですね?」
「確かにそういう一面はあるな、だけど振り返って見れば、逆にこう言うインテリアとかイラストが需要をひねり出してのかもしれないな」
「ひねりだすんですか? 引き出すんじゃなくて?」
「そう、潜在的需要を掘り起こすんじゃなくて、元々なかったはずの需要を無理やり作り出すんだよ、『車を持ってないと負け組だ、外車じゃないとモテない』みたいな煽りでな」
「へぇ、外車がモテる条件なんですか? ピンときませんけど」
「今はなぁ……若者の車離れって言われ出して久しいし、軽も随分増えたしな」
「だって軽で充分じゃないですか、トラックやバンじゃなきゃ運べないくらいの荷物があるなら別ですけど」
「確かに実用的には軽で充分だな、でもあの頃は外車やスポーツカーなんかを乗り回すのがカッコよかったわけよ、他者との差別化ってやつだよ、俺はこんなにセンス良いんだぜ、金も持ってるんだぜってアピールさ」
「そうなんですか……どうもピンとこないや」

「いらっしゃいませぇ、聖子で~す、よろしくぅ」
「お、聖子ちゃんって言うの? ブリっ子ぶりが板についてるなぁ、髪型も聖子ちゃんカットそのものだし」
「似合いますぅ?」
「似合う似合う、可愛いよ」
「もぉ! お客さんったらぁ、ホントのこと言っちゃってぇ」
「……部長、さっきのワンレンボディコンとはだいぶ様子が違いますけど、こういう女性も80年代の流行りだったんですか?」
「松〇聖子って、知らない?」
「名前くらいは知ってますけど」
作品名:新作落語 Pub 80s 作家名:ST