Husky
最初の動機は単純。コンクールの金賞と銀賞が、同じマンションで隣り合わせに住む二人だなんて、最悪だと思った。今まで、事あるごとにお互いを意識してきた、樫井家と本堂家。私が絵で負けるなんて、うちにとって、こんな不名誉なことはない。本堂家にとっては、逆だっただろう。私のことをどのように言うのか知りたい。そう思って、当時使っていた大きなパソコンで音声を拾った。最初に届いた雑音交じりの声は本堂さんのお母さんの声で、今でも覚えている。
『また、仲良くしてあげたらいいじゃない』
その日の夜、私が盗聴器のことを伝えると、お母さんはびっくりして額縁を引き取ろうとしたけど、お父さんがやめさせた。当時、水道工事の仕事は上手くいってなくて、新手の業者に圧迫されていたから、余計に本堂家の懐事情を知りたかったのかもしれない。
それから四年間、私達は本堂家で起きていることを隅々まで把握している。あの額縁が、敵の首を取った証明のように、声の一番よく通る居間に飾られているのは間違いない。声がこれだけはっきり届くということは、そういうことだ。
お父さんが呆れたように、満面の笑顔で宙を仰いだ。
「親父は現場に逆戻り、娘は水商売。どーなってんだ本堂家は」
「生きていくってのは、大変なのよ」
お母さんが、相槌とは思えないぐらいに意地悪な笑顔を見せた。私は二人に言った。
「あの子ならできるよ。まあ、それしかできないけど」
それにしても、面白いことになってきた。本堂家は、これからどうなっていくんだろう。最高の娯楽が壁の向こうにあるのに、私も外出している場合じゃない。でも、大丈夫だろうか。亜里沙は、本当にその道から外れられなくなるかもしれない。癖というのは、あっという間に出来上がる。
私達がこうやって、耳を澄ませずにはいられないみたいに。