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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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黄昏クラブ

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27


「あなたは、あなたのやるべきことをするべきよ」
 彼女が言う。
「やるべきこと?」
「さっき、あなたが言ったでしょう?」
「鞠を、探すこと?」
 彼女が頷く。
 今さらながら、私は鞠を探すことに恐れを抱いていた。でもその思いは、彼女には筒抜けだったらしい。
「行って。そして、あなたの目で確かめて」
 おずおずと、私は立ち上がる。
「行くのね」
 彼女も立ち上がる。
 互いに机を回り込み、そこで抱擁を交わす。
「彩夏さん。私、あなたと出逢えてよかった」
「私も、のどかさん」
 離れた後、私は訊ねる。
「これで、お別れなの?」
「それは、私にも分からない」
 ふっと、息を漏らす。
「そうね。ごめんなさい」
「いいのよ」
「じゃあ、行くね」
 私は、扉に手をかけた。「これが、最後じゃないよね?」
 それには、彼女は応えなかった。
 だから、私は言った。後悔が残らないように。
「のどかさん、ありがとう」
「私こそ、ありがとう」
 私は扉を開けた。この部屋の外は、いつもの廊下だ。私はそこへ、踏み出す。扉を閉める前、彼女に小さく手を振った。
 廊下を歩く人はいない。私は文芸部室の鍵を開け、中に入る。
 見慣れた部室。壁にスチールの棚や本棚が設えられ、本や雑多なものが収まっている。
 私は椅子を引き寄せ、これまでに触ったことのない箱を下ろす。それらのどこかに、あの鞠が入っているはずだ。
 学園祭前に見た箱は、どれも過去の文集や原稿ばかりだった。
 ならば――
 私は、あるスチール棚の下にある箱に目を止めた。上よりも、むしろ下の方が死角になって目に留まりにくい。
 私はスチール棚の一番下に収められている段ボール箱を引っ張り出した。
 もう何年も手をつけられていないのか、上面は埃だらけだった。
 その埃を払うのももどかしく、箱を空ける。
「あ……」
 果たして、そこには鞠があった。新聞紙にくるまれてはいたが、私にはそれが鞠であるとすぐに分かった。
 新聞紙にくるまれたそれを長机の上に移し、ゆっくりと剥がす。
 出てきたのは、全く古びていない、新品同様の鞠だった。それは、彼女と共に鞠つき遊びをしたときのままだった。
 私は両手でそれを捧げ持って、少しばかりの空間へ移動する。
 呼吸を整え、鞠を落とす。
 とん……
 小気味よい音を立てて、鞠が跳ねる。
 私はそれを受け止めて、言う。
「あなたは、こうしてほしかったんでしょ?」
 そして、再度鞠を床に打ち付ける。
「てん、てん、てんまり、てん手鞠
 てんてん手鞠の手がそれて――♪」
 歌いながら、鞠をつく。
 この鞠が、遊んで欲しいばっかりに私たちの前に現れたのなら、それで遊んであげるのが一番だと思ったから。だから私は、歌詞など覚えてなくとも鼻歌だけで鞠つき遊びをやった。
 気がつけば、外はもう暮れなずんでいた。
 薄暗い部屋で、私は立ち尽くす。
「ごめんね。私、もう帰らなきゃ」
 私は鞠を、机の上に置いた。
「じゃあね」
 鞠に向かって言い、扉を閉める。
 廊下は非常灯を残して全て消灯されていた。隣の古典部室の扉に手をかけてみるも、鍵が掛っていた。
 ほとんど真っ暗な廊下を私は正面玄関へと向かう。こんな時間でも職員室には電気が点いていて、覚られないようにこっそりと校門に出た。

 翌日、昨日までの学園祭の熱狂はどこへやら、校内の雰囲気はいつも通りに戻っていた。私も退屈な授業に出て、それなりに一日を過ごした。昼休みには神崎美奈と須川小夜里と一緒に弁当を食べ、あくまでも普通極まりない学校生活に。私も文芸部のヌシの座を黒味彩也香に譲って、肩の荷がおりたといえば、そうなのかも知れない。
 それでも、私はやっぱり放課後には部室に向かった。
 鍵が掛っているということは、部室には誰もいないということだ。私は鍵を開け、部室に入る。いつもは本を読んでいるばかりだが、今日は久々に勉強するつもりだった。
 長机の上には――昨日のままに鞠がある。
 ふっと息をつき、鞠を手に取る。
「あなた、遊んで欲しいのよね」
 鞠を、床に落とす。
「あんたがたどこさ、肥後さ、肥後どこさ、熊本さ――♪」
 鞠をついている所へ、扉が開かれる。
「あ……」
 扉を開けたのは、黒味彩也香だった。
「ヌシ先輩……」
「ああ……」
 呆気にとられたように、彩也香が戸口で立ちすくんでいる。
「あはは」
 私は、ごまかし笑いそする。「恥ずかしいとこ、見られちゃった」
 黒味彩也香が扉を閉めて入ってくる。「ずいぶん、懐かしいことしてるんですね」
「ああ、うん、まあね」
「私も、入れてもらえます?」
「う、うん。もちろんよ」
 黒味彩也香が私の前に来る。
「じゃあ、始めるわよ」
 彩也香が頷く。
「あんたがたどこさ、肥後さ♪」
 鞠をつく。
「肥後どこさ、熊本さ♪」
 そこで、彼女に鞠を回す。
「熊本どこさ、せんばさ。せんば山には狸がおってさ♪」
 鞠が帰って来る。
「それを猟師が鉄砲で売ってさ、煮てさ、焼いてさ、食ってさ♪」
 彼女に回す。
「それを木の葉でちょいと隠す♪」
 鞠を受け止めた彼女は、上気して言った。「すっごい久しぶりにやったけど、楽しいですね」
「そ、そう?」
 私は、彩也香の意外な反応に戸惑う。
「ヌシ先輩」
 そんな私の思いなになど全く気付かない彩也香が言う。「だったら、これも知ってるでしょう?」
 彼女は私から鞠を取り上げる。
「行きますよー」
 彩也香が言う。「てん、てん、てんまり、てん手鞠――♪」
「ちょ、ちょっと待って!」
「どうかしました?」
「い、いや。どうもしてないんだけど……」
「ヌシ先輩、顔色悪いですよ。調子悪いんですか?」
「大丈夫よ。まさかね、黒味がそれを知ってるなんて思わなかったから」
「私だって、子ども時代はありますよ」
「あはは」
 私は笑う。「そうよね」
「ヌシ先輩、本当に大丈夫なんですか?」
「うん。大丈夫よ」
 私は笑って見せる。「で、今日はどうして?」
「先輩、ここを好きに使っていいって、言いましたよね?」
「え? ああ、うん」
「いま、話題のゲームを持ってまいりました!」
 彩也香が敬礼するのを見て、私は吹き出す。
「いいよいいよ。ただ、先生に見つからないようにね」
「諒解っす!」
 彩也香は改めて敬礼した。
「ああ、その鞠ね」
 私は言う。「ここの備品で守り神なの」
「守り神?」
 彩也香が不審げな顔をする。
「そう。だからね、たまには遊んであげてね」
「えーと、お供えとか、いるんですか?」
 彩也香が訊く。
「そんなの、要らないわよ。さっきみたいに、遊んであげるだけでいいの」
「ふうーん」
 言いながら彼女はパソコンを起動する。「弱小部とはいえ、いいPC使ってるんですね」
「黒味、パソコンに詳しいの?」
「ゲームオンリーなら」
 私は頭を抱えた。
 その後、彩也香はゲームをし、私は受験勉強をしていた。いつもと勝手が違うので、時間の感覚がすっかり失せてしまっていた。
 部室の扉が開く。
 見回りの時間だった。
 経験のない彩也香は固まってしまっている。
 幸いなことに、今日の見回りは三富先生だった。
「あら、今日は一人じゃないのね」
作品名:黄昏クラブ 作家名:泉絵師 遙夏