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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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黄昏クラブ

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 私の手から缶を取って、彼女はリングの部分を引っ張って栓ごと引き抜いた。「はい、どうぞ」
 私はその缶をまじまじと見つめた。綺麗な涙滴型の穴が開いている。こういう開け方をするものがあったとか聞いたことはあったが、実際に目にするのは初めてだった。缶のデザインも、見知ったものとは違っている。
 一口飲んでみると、やたら甘ったるくてコーヒー牛乳のようだった。でも、それはそれで美味しい。
「あなたは、古典部員なの?」
 しばらくして、私は訊いた。
「違うわ」
「やっぱり……」
「やっぱりって、何よ?」
「あなた、お留守番なんでしょ?」
「……」
 彼女の眼の色が変わる。持っていた缶を置き、訊いてくる。「どうして、それを?」
「あなたが言ったから」
「私、そんなこと言った覚えはないわ。第一、今日初めて会ったばかりでしょ」
「私は、何度も会ってるわ」
「ちょっと待ってよ。あなた、何を言っているのか――」
「私にだって分からないわ。だって、あなたのことについてはほとんど知らないんだもん」
「……あなた、早乙女さんだったかしら」
「ええ。早乙女彩夏」
 私は言う。「あなたは、吉井のどかさんでしょ?」
「それも、私が名乗ったの?」
「ええ」
「どういうことなのかしらね……」
 彼女が机に頬杖をつく。
「ねえ。ひとつ訊いてもいい?」
「いいわよ」
 頬杖のまま彼女が答える。
「あなたは、どうしてお留守番をしているの?」
「ああ……」
 何を訊かれるのかと気構えていたのか、彼女は肩で短く息をついた。「古典部はね、もうずっと休部中なのよ。あなたはもう知っているかも知れないけれど」
 私は頷く。
「やっぱりね……。で、休部中の古典部室で、どうして私がお留守番なんかしているのかってことよね?」
もう一度、私は頷く。
「そうね……」
 彼女が窓の外を見る。その表情は、いつもの物憂げな彼女のものだった。「手鞠唄ね……」
「手鞠唄?」
「私ね、聞いちゃったのよ」
「……」
 私は、彼女の顔を見る。
「私は、本当は文芸部員なのよ」
「え?」
「私が部室にいるとき、手鞠唄が」
「ちょ、ちょっと! 私、文芸部の部長よ? あなたなんていなかったわ。あなたは、いつもここにいて――」
「そうよ。だって、部室にいたって面白くもないから」
「……面白くない……」
「そしたらね、空室のはずの隣の古典部から物音がするじゃない? こっそり近づいたら手鞠唄が聞こえて来てね」
「それで……」
「まさか開かないだろうと思ってたのに、すんなり開くじゃない? そこで、八歳くらいかな、着物姿の女の子がいたのよ。すぐに消えちゃったけど」
「だから、あなたはその子を見つけようとして、お留守番をしてるの?」
「どうなのかな……。最初は興味本位だったけど、今は部室にいてもつまらないから、ここにいるって感じかな」
「そうなのね……」
「あなたは? どうしてここに来ようと思ったの?」
「私は……」
 初めて古典部室に足を踏み入れた時のことを思い返す。「ここから手鞠唄が聞こえてきて」
「あなたも、そうだったのね」
「吉井さんは、その子が来るのを待っていたの?」
「まあね。なんだか謎解きみたいで面白そうだったから」
「私は、そこであなたに会ったのよ」
「その時に、名前とか聞いたわけね」
「ええ」
「で。その後、鞠つきの女の子には会った?」
「何度かは」
「そうなんだ」
「でも、いつもすぐに消えてしまったわ」
「私は、その一度だけ」
 彼女が遠くに視線を投げる。「あの子は、私たちに何を伝えようとしているのかしらね」
「ただ、遊びたいだけとか」
 私は、適当に言ってみた。
「だったら、私たちは、ただ遊ばれているだけ?」
「違う、と思う」
 私は言う。「だって、私たち二人とも、その子と一緒に遊んだわけじゃないでしょ?」
「そうね……」
「ひょっとしたら……。あの女の子はただの幻だったのかも」
「確かに、それなら筋が通るわね」
「ううん、そうじゃないの」
 私は首を振る。「私たちは同じ幻を見たのよ」
「それが、どうかして?」
「分からない?」
 私はじりじりとして言う。
「それだけで分かれって言われたって」
「あのね、その女の子は鍵なのよ」
「鍵?」
「そうとしか言えないじゃない? 休部の古典部室に入れたきっかけが、その女の子と手鞠唄なんだから」
「ええ……。でも、何のために?」
「何のためにって――」
 私は言葉に詰まる。せっかく掴みかけた大事なことを敢え無く逃してしまったような気持ちになる。
「あなたにも、分からないのね?」
 私は肩を竦める。分かるような気もするし、そうでないような気もするからだ。
「慌てて答えを出す必要もないと思うけれど」
 彼女が言う。
「でも、あなたはもうすぐお留守番が終わるって言った」
「私は、そんなことも言ったの?」
「だから……」
「あまり、時間はないと思うのね」
 私は頷いた。
「じゃあ、一緒に考えましょうか」
 いつしか、部屋にはオレンジ色の光が差し込んでいた。
作品名:黄昏クラブ 作家名:泉絵師 遙夏