黄昏クラブ
私は伏せていた眼を彼女に向けた。
「私は、もうすぐお留守番しなくてよくなる。だけれど、それがいつなのかは分からないの」
「それって――」
「大丈夫よ。それは、今日じゃないわ」
「それは、分かるのね?」
「それくらいはね。ただ、それは明日かも知れないし、明後日かも知れない」
「誰かに――」
「いいえ。誰に強制されてのことでもないわ」
「何なのよ、それって。なんだか頭がおかしくなりそうだわ」
「混乱させてしまって、ごめんなさい」
「あなたのせいじゃないんだったら、あなたに怒ることもできない」
「怒ってるの?」
「何に対してかは分からないけど」
「……」
「ねえ、あなたはどうして怒らないの? みんなが楽しんでる学園祭にも参加しないで、ひとりっきりでお留守番なんてあり得ないじゃない? いったい、何のために?」
「ここにいたいからって、前にも言わなかった?」
「言ったかもしれないけど。だからって一歩も出ないなんて、おかしいわ」
ふふふと、彼女が小さく笑った。
「何がおかしいのよ」
「あなたは、私に関して色々と理不尽だと思っているのよね」
「当たり前でしょ」
「でも、それはもう少し保留しておいてくれないかしら」
「ちゃんと、話してくれるの?」
「分からない」
彼女が、私を真っすぐに見つめてきた。「ただね、私はいなくなるの」
「いなくなる?」
「そうよ。私は、ここからいなくなる。たぶんね。でも、あなたにはそれが分かるのかどうか」
「ちょ、ちょっと。何を話してるのか――」
「心配しないで。消えてなくなるわけじゃないわ。私が幽霊なんかじゃないってこと、あなたも知ってるでしょ?」
「う、うん……」
「私は、もっともっと、あなたとお話したい」
「でも、話すことなんてもうないわ」
「だったら、ここにいてくれるだけでも」
「それで、いいの?」
彼女が頷く。
「私なんかで?」
「あなたは、自分を過小評価しすぎる」
「だって、私には何も取り得なんて無いし」
「本当に、そう思ってる?」
「自慢できることなんて無いし」
「自慢できることが、取り得だとは限らないわ」
「まあね、それは分かるけど」
「大丈夫よ」
「何が大丈夫なのよ?」
「あなたは、ここにいる」
「そんなこと――」
当り前じゃないという言葉は封じられた。柔らかな彼女の唇によって。
私は抵抗する力も失せて、甘やかな口づけを受けていた。彼女の口は、先ほど飲んだコーヒーの味がほのかに香っていた。
「ちょっと!」
真紀理が言う。「お母さんって、レズっ気あったの? マジで? ヤバいじゃん」
「馬鹿、そんなのあるわけないでしょ」
「だって、チューしちゃったんでしょ?」
「んー。それは、まあ……」
「うっわ。全然知らなかったわ」
「べつに知らなくても問題ないでしょ。ここに、ちゃんとあんたが生まれてるんだから」
「そんなの、証拠にならないよ」
「じゃあ、どうしたらいいの?」
「まあ、いいや。続きが気になる」
「じゃあ、おとなしくしてなさい」