黄昏クラブ
二人で同時にプルトップを開ける。彼女はどうも、栓が抜けないのが気になるようだったが、私が平気で口をつけると、同じようにした。
「あなたって、変わってるわよね」
私は言う。
「私が? どうして?」
さも意外というふうに、彼女が問う。「だってさ、缶ジュースの飲み方も知らないんだもん」
「それ、前にも言ってなかった?」
「そう?」
「まあ、どうでもいいけど、これ、美味しいね」
「ロイヤルミルクティよ」
「ロイ……?」
「ロイヤル・ミルクティ。知らないの?」
「缶ジュースなんて、適当に飲むものだって思ってた」
「美味しいでしょ? 私の好物なんだ」
「ふうん、こんなのがあるのね」
「気に入った?」
「ええ」
「そう言えば――」
それもまた鞄の中から引っ張り出す。「クッキーもらったんだ。一緒に食べようよ」
「いいの?」
「当たり前でしょ。一人で食べて、どうするのよ」
「じゃあ、頂くわ」
「どうせ余り物だから、遠慮なく」
広げた包みに、彼女が手を伸ばす。「あ、これ美味しい!」
「マジ?」
「あなた、まだ食べてなかったの?」
「だって、今思い出したばっかだもん」
私もクッキーを口に放り込む。「あ、ホントに美味しい」
甘いものを食べていると、互いに笑みがこぼれてくる。
「これ、どこかの生徒が作ったのよね」
彼女が訊く。
「うん、そうだよ」
「すごいね」
「実は、うちのクラスなんだけど」
「そうなんだ!」
彼女が驚く。
「お菓子作り好きな子って、どこにもいるでしょ?」
「そうなのかなあ」
彼女が考える。「私のクラスには、そんな子はいないな」
「あなたは?」
「滅相もない!」
顔の前で手を振り回す彼女に、私は笑う。
「笑うなんて、酷い」
「だって、あんまり大げさだもん」
「お菓子作るの上手って、憧れるな」
「うん、私も」
「食べるのは好きなんだけれどね」
それは全くの同感だった。
「話は変わるけど、あなたはバレンタインのチョコとか作ったことある?」
「ないわよ、そんなの」
彼女が即答するのに、私はまた笑った。
「私も、やってみる以前だもん」
「それって、好きな人がいないってこと?」
「いるわけないじゃん」
私は手を払いながら言う。
「私も、人のことは言えないけど、やっぱり寂しいかな」
「そう?」
「あなたは、寂しくないの?」
「彼氏いないから寂しいとか、考えたこともないな」
「じゃあ、あなたはそれなりに充実してたってことよね」
「彼氏がいないのと充実してるのって、どう関係があるの?」
「あなたが、それで寂しい思いをしてるかどうかってことよ」
「そりゃあ――」
私は言う。「私は全然寂しいとか思ってないわよ」
「そうよね。彼氏だとか恋だとか言われても、実感わかないものね」
「そうそう。慌てて変なのに引っかかるのも馬鹿々々しいもん」
彼女が笑う。「そうそう、その通りよ」
「そういうあなたは、どうなのよ」
「私?」
彼女が口を結ぶ。「言っちゃってもいいの?」
「いいよ、言っちゃいなよ」
「そうね……」
もったいぶるように、彼女はあごに手を充てる。「内緒」
「えー? そんなのずるいよ!」
「だって、あなただって言ってないじゃない」
「だけどもさ」
「だけども何もないのよ」
「ケチ!」
「ケチで結構よ」
しばらくにらみ合う。そしてどちらからともなく吹き出した。
「バッカみたい」
私は言う。
「ホントにね」
彼女も言う。
互いに顔を見合わせて笑い合った。
どうでもいいような時間を過ごすのが、こんなにも落ち着けるものだとは思わなかった。
「あのね」
急に改まった表情で、彼女が言う。
「何?」
「明日ね」
「明日?」
「また、来てくれるよね」
私は微笑んだ。
「来るわよ。あなたがそう言ってくれるなら、喜んで」