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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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黄昏クラブ

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20


 私は、よっぽどここが好きなんだと思う。呆れるくらいに。制服に着替えて部室に戻り、稲枝と交代した私は、いつものように本を読む。普段と違うのは、机の配置と扉が開け放たれていることくらい。時折廊下を通り過ぎる生徒がいるくらいで、メイン会場の賑わいからは隔絶されている。
 最後の当番のため、もう交代に来る者もいない。そして、わざわざ展示も何もない過疎部の冊子売り場を訪れる人もいないだろう。
「そうか、来年は――」
 そこまで口にして苦笑する。
 もう、来年はないんだ――
 ならば、次に困らないよう、後輩にアドバイスすればいい。そうして、まだ分からないけれど来年の学園祭に、大学生になった私が見に来るのだ。それはそれで面白いかも知れないと、ひとりほくそ笑む。
「なにをひとりでニヤニヤしているの?」
「あ、先生」
 三富先生だった。「やっぱり、早乙女さんひとりなのね」
「いえ、さっき交代したばかりですよ」
「そうなの。なら、よかった」
「学園祭くらい、部長権限使いますよ」
「それで、売れてるの?」
「まあ、少しは」
「じゃあ、私も協力しようかな。昨日は貰えなかったからね」
「買ってくれるんですか?」
「あなたがどんなことを書いてるのか、気になるしね」
「そう言われると、恥ずかしいです」
「ねえ、知ってた?」
 三富先生が言う。
「何をですか?」
「私が、実はあなたの隠れファンだったってこと」
「まさか!」
「その、まさかよ。早乙女さんが一年生の時から、文集は読ませてもらってるわ」
「えー? そうだったんですか?」
「書き慣れてるっていうか、読みやすい文体だし、要点はしっかり押さえてあるし。国語の評価も高いでしょう?」
「ええ、まあ」
 現国の先生は、私の大学進学を推してくれた教師の一人だ。
「それで、さっきは何をニヤついていたの?」
「べつに、そんな――。ただ、来年のことを考えてて。ああ、もう来年はないんだって思って」
 先生が笑う。
「クラブ思いなのね」
「そうでもないですよ」
「私の知る限り、ここに詰めてたのは早乙女さんくらいのものよ」
「そりゃ、そうでしょうね」
「でも――」
 先生が考える風に宙を仰ぐ。「前にも、そんな人がいたかも」
「そうなんですか?」
「ええ。誰だか忘れたけど。たぶん、昔の文集にあるんじゃない?」
「でも、名前も分からないんじゃ、調べようもないですね」
「ま、それはそうね」
 先生は笑った。「じゃあ、一冊もらうわね」
「ありがとうございます」
 代金を受け取り、私は頭を下げた。
 今日一日で三冊も売れるなんて!
 快挙中の快挙だ。しかも、三富先生が私の隠れファンだったとか、嬉しいと同時に恥ずかしくもあり、驚いた。
 いけない、いけない――。
 また、ひとりでニヤニヤしてしまいそうになる。
 顔を引き締め、座り直す。廊下を、何人かがまた通り過ぎて行った。
 あと少しで学園祭初日も終わる。私は本を開いた。
 その後は、誰にも邪魔されることなく読書を満喫できた。五時のチャイムが鳴り、学園祭初日終了のアナウンスが流れる。今から皆が片付けに入るので、急ぐ必要は全くない。
 私は部室の扉を閉め、また椅子に座る。三十分後に帰宅を促す放送があるはずだ。それまではのんびりしていられる。
 当然ではあるが、本に集中していると三十分くらいすぐに経ってしまう。スピーカーから放送が流れてくる。こんな時間まで残っている放送部員もご苦労なことだ。学園祭期間中の見回りは通常よりも遅い。売り上げの入った箱を棚の奥にしまい、部室を出る。
 期間中だけあって、廊下は明るい。だが、その明るさが却って人気のない寂しさを際立たせている。
 私は迷わず隣の古典部室の扉を引いた。
 途端に目に飛び込む眩しい光。
 まだ、こんなに明るかったっけと、目をしばたたく。
「また、来ちゃった」
 私は彼女の前に歩いて行く。
「お疲れさま」
 彼女が言う。
「まだ、明日もあるわ」
「今日は、楽しめた?」
「うん、まあ」
「なんだか、微妙って感じね」
「そりゃあね、今年で最後だし」
「それだけじゃ、ないでしょ?」
「うん……ね」
 私は肩を竦める。「今さらになって、やりたいことがいっぱい出てきちゃって」
「例えば?」
「来年の学園祭とか」
「ああ」
「どうして、もっと早くに思いつかなかったんだろうって」
「後の祭りっていうこと?」
「それを言っちゃあお終いよ」
「じゃあ、こう言えばいいのかしら」
 彼女が言う。「火事場のクソ力」
「何よそれ。全然違うじゃない」
「そぉお? 土壇場で本気以上の力を出すって意味では、同じなんじゃない?」
「土壇場かあ」
 私は言う。「土壇場ねえ……」
「例えはともかく、今になって色々思いつくのよね」
「あなたは?」
「私?」
 彼女が首を傾げる。「どうかしら? 多すぎて、どれがどれなのかも分からないわね」
「そんなに?」
「ああしたら良かった、こうしたら良かったなんて、数え上げたらきりがないわ」
「そうよねえ」
「幾ら本気で頑張ったって、後悔は残るものよ。だから努力なんて無駄だと思うのか、それでも頑張るのか。あなたは、どっち?」
「私は、どっちでもなかったと思う。――そりゃあさ、頑張ってもどうしようもないこともあるよ。でも、頑張ることに意義があるっていうか――それも、ちょっと違うな……」
「分かるわ。あなたは、頑張りたいのね」
「うーん……。それも、違うような気がするけど。私は、そんなに頑張りたいとも思ってないし」
「頑張ってなかったら、そんなに色んな思いを抱えるものなのかしら」
「私、そんなに抱えてないわよ」
「だったら、どうしてあなたはここへ来たの?」
「え……? 私は、ただ――」
「ただ、何?」
「開いてたから」
「それだけ?」
「……」
 そもそも、私が古典部室に足を踏み入れた理由は何だったのかと思い返す。
「手鞠…唄……」
 ふうっと、彼女が息を吐く。
「前に言ってた、鞠と殿様?」
「うん、たぶん」
 彼女が、はあともう一度ため息をつく。
「いいわ。あなたさえよければ、ゆっくりしましょう」
 何とはなしに話の矛先を躱されたようで、私は少しムッとする。
「私は、べつに――」
「帰りたいのなら、引き留めはしないわ」
「……手鞠唄は、どうなったの?」
 私は話題を元に戻す。
「べつに、どうもならないわ」
「私は、手鞠唄のことを言ってるのよ」
「そうね……」
 彼女が目を伏せる。「でも、少しだけ時間をくれないかしら」
「少しって、どれくらい?」
「明日」
「明日?」
「ええ、明日」
「明日になったら、話してくれるのね?」
 私は問いかける。
「ええ。だって……」
「だって?」
「今は、それだけしか言えないわ。ごめんなさい」
 あまりにも申し訳なさそうな彼女の表情に、私もそれ以上は問い詰めることができなかった。
「あ、そうそう」
 何となく気まずくなってしまった空気を和らげるため、私は言った。「これ、後輩にあげるつもりだったんだけど、渡しそびれて」
 鞄にしまっていた缶ジュースを取り出す。「もう温くなってしまってるけど」
「私に? ありがとう」
作品名:黄昏クラブ 作家名:泉絵師 遙夏