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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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黄昏クラブ

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17


「ちょっと、それってどういうことよ」
 真紀理が訊く。
「私にだって分からないわ。でも、確かにそうだったんだから」
「うーん」
 真紀理が腕組みをする。「それは、まさにミステリーね」
「もし、あんたがそういうことを経験したら、どうする?」
「私? さあ。だって、そんなことあり得ないもん」
「でしょ?」
「でも、それで終わりじゃないんでしょ?」
「うん。もうちょっと、先がある」
「だったら、さっさと続きを聞かせてよ。もったいぶらないで」
「もったいぶりついでに、もう一杯お茶を入れてきてくれないかな」
「上手く使うねえ」
 そう言いつつも、真紀理はソファから立ち上がる。「ミルクティよね」

 その後、しばらくは吉井のどかと出会うことはなかった。
 次に彼女と会えたのは、学園祭前日のことだった。
 冊子の方は、ギリギリで間に合った。表紙絵は、さんざん悩んだ挙句、落書きのような影絵に落ち着いた。変に細部にこだわるより、陰影だけの方が印象的だと、稲枝が言ってくれたからだ。
 そもそも弱小部の冊子だから、売れ残って当り前。毎回部員に配布されるだけで終わってしまうのだ。なのに必死で頑張った。その達成感だけのために。どうせ売れないのだから、出来上がった時点で目標達成なのだ。
 文化系クラブの部室が並ぶこの一角は、写真部や漫研にいくらか人が入ればいい方で、それ以外は学園祭の期間中も閑散としている。あとは、占い研究会がどれだけ人寄せできるかが、このエリアに人を呼び込めるかどうかのカギを握っていると言ってもいい。もちろん、文芸部など端からお呼びではないのだ。
「もう、やれるだけやったんだからさ」
 稲枝が言う。
 部室を入った所に机を置き、その上に冊子を積み上げる。部室の入り口には文芸部冊子好評発売中と大書きされた画用紙が掲げられている。何が好評なんだかと、内心笑いながらも、明日からの学園祭に期待は高まる。もっともその期待は、文芸部に関してのものではなくて、年に一度の祭典を楽しもうというものだったが。
 学園祭中の部室の当番表を部員に配るのは、稲枝に任せた。私では、どうしても押しが足らないからだ。たとえ幽霊部員であっても、学園祭をサボることは出来ない。それは文芸部長として唯一認められた絶対的権限だった。もしサボれば、クラブ活動の単位がもらえないのだから。
 普段は殺風景な部室も、それなりに飾り付けて見栄えをよくする。稲枝が下級生を連れてきてくれたおかげで、万事うまくはかどった。こんなのなら、最初から稲枝が部長をやればよかったと思うのだが、彼はあくまでも自由人でいたいらしかった。
「あとは、本番を待つだけだな」
 手伝いの後輩を返した後、稲枝が言う。
「本番、ねえ」
「まあ、休憩時間みたいなもんだけどな」
「監禁時間の間違いでしょ」
「そうとも言う」
 稲枝が笑う。
「本気になるだけ、馬鹿らしい」
「まんざらでもないくせに」
「まんざらもくそもあるか」
「糖分不足すると、怒りっぽくなるらしいよ」
 稲枝が扉に向かう。「そろそろティータイムかな」
 律義にも、稲枝はあれ以来毎日ミルクティを差し入れしてくれている。今もまた、そのために出て行こうとしている。
「あとさ」
 私は呼び止める。「ドーナツが食べたい」
「OK!」
 親指を立てて、稲枝は出て行った。
 机の上に積み上げた冊子を手に取る。表紙絵は、夕焼けを背に教室の窓辺に向かい合っている女子生徒。絵のタイトルは、『照陽』。種を明かせば、向かい合っている二人の少女は、吉井のどかと私。あの日、幻の夕景の中で経験したことが心に残り、スケッチしたのが採用された。もっとも、絶賛したのは稲枝だけで、他の部員はいなかったのだけど。
 稲枝が戻ってきて、ミルクティのペットボトルを投げてよこす。
「お! サンキュ!」
 私は、それを受け止める。
「見直してたのか」
 私が冊子を広げているのを見て、稲枝が言う。
「うん。何度見ても、ちゃんと出来てるのか気になるのよね」
「ここまで来たら、今さらだろ?」
「それは分かってるんだけど、どうしてもね」
「ヌシ、真面目だもんな」
「私、そんなに真面目に見える?」
「見える見える。見えまくりだよ」
 稲枝が笑う。
「私は、真面目じゃないよ」
「そう言い切れるのが、真面目な証拠さ」
「じゃあ、稲枝はどうなのよ」
「俺か? 俺はいつも真面目だぜ」
「全然信用できない」
「だろ?」
「何が言いたいのよ」
「俺がいくら真面目だって言ったって、信用できないだろ? そういうことだよ」
「じゃあ、真面目じゃないって言えばいいの?」
 私は訊く。
「そんなの、速攻でバレてしまうだろ」
「そんなに、分かり易いことなのかな……」
「少なくとも、ヌシに関しては分かり易すぎる」
「……」
「何だ? 気を悪くしたか?」
「べつに、そんなのじゃないけど」
「じゃあ、図星だったか?」
「うるさい!」
 私はそっぽを向く。
「ヌシさあ。もうちょっと素直になろうぜ」
「素直って何よ」
「そう、突っかかんなさって」
「突っかかってなんかいないわ」
「ふうん、そうか」
 余裕しゃくしゃくの表情で、稲枝が言う。「ならさ、なんでそんなにムキになるのさ」
「ムキになんて、なってないわ」
「ふうん、そうなんだ」
 それまでのからかい口調から一転、稲枝は寂しげな表情で言う。「ヌシは、いつも何か考えているけど、見落としも多いよな」
「見落としって、何よ」
「いつも遠くばっかり見てたら、近くのものは見えないってことさ」
「私は、ちゃんと目の前のことを見ているわ」
「そうかな? まあ、そう思っているのなら、いいけどもね。哀しいけど」
「それで、なんで稲枝が哀しいのよ」
「さあね。俺はそろそろ退散するよ。もうやることもなさそうだし」
「OKだよ。さっさと失せろ」
「言われるまでもなく、退散するよ」
 手をひらひらさせて、稲枝が部室を出て行く。
「――ったく、もう!」
 いつも飄々とした稲枝にいつかギャフンと言わせたいと思いつつ、今まで叶わなかったことに悔しさを覚える。そもそも、あいつには何を言っても応えないだろう。
 苛立ち紛れに机を蹴っ飛ばす。
「痛ったあ!」
 当たり所が向こうずねだったために、一人で悶絶するはめになった。それが余計に苛立ちに拍車をかけ、「稲枝、死ね」と呪詛を吐く。
 だが、いくら稲枝を呪ったところで痛みが治まるわけもない。
「くう……。稲枝のやつ……」
 痛む足を押さえつつ、私は立ち上がる。
「稲枝のバーカ、バーカ!」
 子供じみているとは分かっていても、言わざるを得ない。そもそも、あいつが余計なことを言いさえしなければよかったのだから。
 一人で部屋で暴れていても何も始まらない。飾りっ気のないのは仕方がないし、下手な飾りつけは却って野暮ったくなるから、室内はいつもとあまり変わりがない。普段と違うのは、机の配置と積み上げられた冊子くらいのものだった。
作品名:黄昏クラブ 作家名:泉絵師 遙夏