小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

黄昏クラブ

INDEX|46ページ/85ページ|

次のページ前のページ
 

15


 いつものように隣の古典部の扉を前にして、私はあることを思いついた。
 吉井のどかは、これまで会ったどの時でも、一切の私物どころか長時間を過ごす女子には必須のお菓子類すら持ち合わせていないようだった。今さらお菓子を買いに行くわけにはいかないが、私は扉の前を離れて購買部へと足を向けた。
 この時間では購買部も閉まっているが、自販機がある。私はそこで缶コーヒーを二つ買い、古典部室へと引き返した。
 せっかく買ってきたんだから、いてよね――
 一呼吸置いて、扉に手をかける。合服のブレザーのポケットが熱い。
 音を立てて、扉が開く。
 金色の夕景を背に、吉井のどかが振り向く。
 女の私でさえ、思わずはっとさせられるほどに美しいと思った。
 私は促されるまでもなく、彼女の前の椅子に掛ける。
「はい、これ」
 両方のポケットに一つずつ入れていた缶コーヒーを出す。
「何、それ?」
「差し入れよ」
「差し入れ?」
「あなた、いつも何にもないじゃない?」
「……?」
「ずっと一人でいるのに、飲み物とかないでしょ?」
「ああ」
「だから」
「そう、ありがとう」
 彼女が缶コーヒーに手を伸ばす。
「好みとか、分からなかったからさ」
 缶を手に取ったものの、彼女は栓を開けようとして戸惑っているようだ。
「どうしたの?」
 私は訊く。
「この栓、抜けないんだけど」
「え……?」
 私は普通に開けて、すでに一口飲んでいる。だが彼女は押し開けられたプルトップを何とかして取ろうとしているようだった。
「あなた、缶コーヒーは初めてなの?」
 私は訊く。
「いえ。初めてってわけじゃないけど……」
 彼女の飲み口を見て、私は言う。
「それで開いてるのよ」
「ホントに? 抜かなくていいの?」
「抜くって……?」
「これ、取らなくていいの?」
 押し込まれたプルトップを指して、彼女が言う。
「いいんだよ、そのまま飲んで」
 言いながら、私は自分の缶コーヒーを飲む。「ね?」
 しばらく彼女は缶の上面を見つめていたが、やがて思い切ったように口に当てがった。
「なんだか、変な感じ」
 彼女が言う。「美味しいけど」
「あなた、まさかプルトップを知らないとか?」
「プルトップ?」
「この缶コーヒーみたいな」
「……」
 彼女がまじまじと缶の上面を見る。
「私、思うんだけど」
 私は言う。「あなたって、不思議よね」
「え? 私のどこが?」
「うーん、上手く言えないんだけど、何となくお嬢様っぽいって言うか」
「私が?」
 彼女が、さも意外そうな顔をする。
「どっか、浮世離れしてるって言うか」
「私、そんなふうに見える?」
「見える、見える」
 私は頷く。
「そうなんだ……」
「あ。だからって、悪いってことじゃないんだよ」
 沈んだ表情を見せる彼女に、私は言う。
「いいのよ。私だって分かってるもの」
 彼女が寂し気に笑う。「私がちょっと――、ううん、周りから較べたら、相当に変わってるってことくらい」
 彼女が缶を包み込むように両手で持つ。
「私は、そんなに変だとは思わないわ」
「そう?」
「だって、あなたが変なら、私はもっと変になってしまうから」
「なに、その理由」
 彼女が笑う。
「あなたが変なら、そのあなたに付きあってる私も変になるじゃない? 変なら変でもいいけど、自分で言わなくてもいいと思う」
「確かに、あなたの言うとおりね」
 彼女が缶コーヒーをさらに一口飲む。
「ねえ、あなたってお嬢様なの?」
 その飲み方を見て、私は訊く。
「お嬢様?」
「あなたは缶コーヒーの開け方も分からないし、その飲み方もお嬢様っぽいし」
「私は、お嬢様なんかじゃないわ」
「そうなのかなあ」
 私は言う。「私みたいにがさつじゃないし、上品で控えめっぽいし」
「それは、放課後の私しか見ていないからだわ」
 私は、彼女の顔を見る。
「でも、あなたには放課後にしか会えないでしょう? それも、遅くなってからしか」
「そうかしら? 私には、そうは思えないけれど」
「だって、そうじゃん? 昼間、どこでもあなたに出会うことなんてないし」
「そんなこと」
 彼女が言う。「あなたも、この学校内に限らず、出会った全部の人を覚えているわけじゃないでしょう?」
「それは、そうだけど……。でも、少なくとも学校内であなたに会ったら絶対に気づくはず。なのに、あなたにはここでしか会えない」
「ここで会えるだけでは不満?」
「不満ってわけじゃないけど……」
 彼女が、私を凝視する。
「私も、この学校の生徒よ」
 彼女が言う。
「うん」
「私も、昼間にあなたに会うことはないわ」
「あなたも――」
「お留守番って言ったって、授業に出ないわけにはいかないでしょう?」
 彼女がおかしそうに笑う。
「う、うん。そりゃ、そうだけど」
「あなたの不審感は分かるわ。でも、ものごとは在るようにしか在れないのよ」
「それって……」
「あなたがどんな思いを抱いているにせよ、私たちはここで会える。そのことに理屈は必要なのかしら?」
「まあ、それはそうなんだけど」
「納得いかない?」
「納得っていうか……」
 私は言いよどむ。
「まあ、あんまり言わなくてもいいわ。言いたいことは、分かるもの」
「あなたも、変だとか思ってるの?」
「変? 私はそうは思わないけれど。理由は、さっき言ったとおりよ」
「気づかないだけってこと?」
「ふふふ……」
 彼女が笑う。そして思わせぶりに言った。「それは、どうかしらね」
「だって、あなたはさっき――」
「言ったわ。学校内ですれ違ったり見かけたりしても、気づかないだけかも知れないってね。でも、それだけかしら?」
「それだけって?」
「すれ違うの意味は、幾つもあるわ。そう、普通に歩いていてとか、電車とか、あるいは時間的にとか」
「私、あなたと話してると、時々謎かけにあってる気がする」
「実際、その通りかもよ」
「あなたは、私で遊んでる?」
「そういうつもりじゃないけれど、そうと取られても文句は言えないかもね」
「わざとやってるんじゃないってこと?」
「私は、あんまり人と話すのが得意じゃないから」
「うん。それは私もだけど」
 私は言う。「だからって、変な謎かけなんかしないわ」
「そうね。普通は、そんなことはしない」
「じゃあ、どうして?」
「正直に言ってしまえば、私自身、自分が分からないからよ」
「あなたにも?」
「分かってたら、もっとはっきりと言えると思うわ。でもね、考えてみて? 私たちの世界で分かっていることと分からないこと、どっちの方が多いのか」
「そりゃあ――」
 私は言いかける。分かってることの方が多いはずだと。学校の授業でも覚えきれないほどのことを毎日教えられている。教科書に載っていることは、すでに分かっていること。だから――
 でも、待って――
 私は考える。現在でさえ、宇宙の起源は確定されていないし、果てがどこにあるのかも分かっていない。時々ではあるが新たな科学的発見がニュースを賑わすこともある。そもそも私は――人間にはどれほどのことが分かっているのだろうか。
「分かってないことの方が、多いのかも」
 私は言った。
「その通りよ」
作品名:黄昏クラブ 作家名:泉絵師 遙夏