黄昏クラブ
私は頭を抱える。「それって、何気に|貶《けな》されているような気がしなくもない」
「ほら、そんなふうにすぐに真面目に受け止めてしまう」
「ああ……」
「でも、それがあなたのいいところ」
「そうなの? 私、時々ポーカーフェイスって言われるよ?」
「それって、あなたが答えに困ってる時じゃない?」
そう、私は答えに詰まると表情が固まってしまうのだ。
「図星?」
彼女が私の顔を覗き込む。
「ううん、それは違うの」
私は言った。「何ていうか、どう言ったら分からなくなって何も言えなくなるのね。そういう時の私の表情って、無表情というか、どうとでも取れるようなのよね」
「なるほどね」
彼女が言う。「それで、変に誤解されるという。さらには、その誤解に気づいたときには、それを正せなくなっているのね」
「うん……。全くもって、その通り」
「そんなに気に病むことはないわよ」
「そうなの……かな……?」
「あなたはね、自分に正直であることと、周囲に正直であることの狭間で悩んでいるのよね」
「う……うん、たぶん、そう……」
「それは、どちらにも正直でありたいって思うからこそ、生まれる葛藤よね」
「私がどっちつかずってこと?」
「ほら、またそんな風に勘繰る」
「べつに、勘繰ってるわけじゃないけど」
「じゃあ、言い方を変えるわね」
彼女が言う。「あなたは、必要以上に気をまわし過ぎるの」
「そう、かも……」
「どうせ嘘をつけないのなら、そのままでいたらいいのよ」
「そう言われてもね……」
「私、難しいことを言ってるのかな?」
「うーん、そうは思わないけど……」
「私、あなたを困らせてしまってる?」
「うん、少し」
私は、彼女を上目遣いに見る。「でも、いいの。自分でもだいたい分かってるから」
「分かってることを指摘されると、辛いものね」
「うん、まあ……」
「それを受け容れられる、あなたは偉いわ」
「そんな風に褒められてもね……」
「気に障った?」
「ううん」
私は首を振る。「そんなんじゃない」
「だったら、いいけど」
「確かにね、言われたら嫌なことだってある。でも私は、これくらいのことは、あんまり気にならないの。それにね――」
私は彼女を見つめる。「あなたに言われると、そんなに悪い気はしないの」
「そう言ってもらえると、有難いわ」
「あなたって、なんだか不思議よね」
「私が?」
「うん。どこかふわふわしてて、この世の人でないような感じがして、それでいてとっても近しい気持ちになる」
「私って、そんなあやふやな存在?」
「うん……。どう言っていいのか分からないけど、綿菓子みたいな感じ」
彼女は小さく声を立てて笑った。
「そのうち、溶けて消えてしまいそうな?」
「そう。そんな感じがする」
「でも、私はここにいるわ」
「それは、分かってるんだけど……」
「いいのよ。私はそもそも存在感薄いんだから」
「いや、そういうことじゃなくって」
「私ってね、自分でも時々いるんだかいないんだか、分からなくなったりするのよ」
「……」
「おかしなこと言って、ごめんなさいね」
「ううん。それ、何となく分かるような気がする」
「あなたも?」
私は頷く。
「私も時々、自分の存在感がものすごく薄くなってしまってるって感じることがある」
「そうなのね。私だけじゃなかったんだ」
彼女が、ほっと安堵したような表情になる。
「私たち、似た者同士なのかな」
私は言った。
「そうかも知れないわね」
私は机の上に、自分の手を彼女の方に滑らせる。
彼女がその手を取る。
そして、どちらからともなく微笑みが漏れた。