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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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黄昏クラブ

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13


 文集のための原稿の集まりは、さっぱりだった。そもそも文芸部には幽霊部員が多すぎるのだ。しかもかけもち部員だったりするので、単位を盾に取っても彼らの活動は何も文芸部にこだわる必要もない。そんな無責任な部員のために気をもんでいる自分が馬鹿らしくなってくる。
 それでも予定のページ数を稼ぐために、私は幾つもの文章を用意し、担任にも頼んで寄稿してもらった。やる気のない二年生も二本出してくれ、期限までに挿絵も含めて何とか原稿が集まったのは副部長の稲枝の尽力もあるが、奇跡と言ってもよかった。ひとつ意外だったことは、一年生がたった一度の催促だけで原稿を出してくれたことだった。しかもそれが自作の小説だったから、なおのこと私は驚いた。
 部室のパソコンで原稿の誤字脱字をチェックし、校訂するのは専ら私の役割だった。それなら一人でも充分可能なことだったし、あまり人と会話するのが得意ではない私は、文章を相手にしているときの方が落ち着いていられた。
 黙々とパイプ椅子に掛けながら作業していると、部室の扉が開いた。
「どう? 進んでる?」
 稲枝だった。
「さっき、一回目のチェックが終わったとこ」
「そうか。まだ、紙面に余裕はある?」
「え? また出してくれた人がいるの?」
「三本ほど」
「三本も! どうやったら――」
 驚いている私を見てニヤニヤしながら、稲枝は部室に入ってくる。
「一本は俺が趣味で書いてみた。後の二本は卒業生」
「卒業生?」
「そう。俺の姉貴も文芸部だったから、そのつてで」
「うーん」
「どうした? 難しい?」
「ううん、べつにそんなことはないけど、またページ構成とか考えないと」
「それは、俺も手伝ってやるよ。一応はパソコン扱えるから」
「ホント?」
「ああ」
 そう言って、稲枝はパソコンの横に缶ジュースを置いた。
「あ、ありがとう」
「いつも一人でよくやってるね」
 稲枝は両手で支えて行儀悪く机の端に腰掛け、自分の缶ジュースのプルトップを開ける。
「他に、特にすることもないしね」
 私もジュースを一口飲む。「勉強するにも、ここの方が落ち着くから」
「俺も、詰めて来た方がいい?」
「ううん、今はまだ大丈夫。どうせ二人いたってパソコンは一台しかないんだし」
「ま、そうだな」
 私は、稲枝が持ってきた原稿に手を伸ばす。「稲枝が趣味で書いたって、どんなの?」
「まあ、偉そうに言うほどでもないけど、短編読み切りってやつ」
「マジ? 稲枝、小説書けんの?」
「ダメならボツにしてくれていいよ」
「ふうん、稲枝がね……」
 ジュースを飲みながら、その原稿を探し当てる。「ああ、これか。――ん? 『とある少女の退屈日記』……。なに、これ?」
「馬鹿! 声に出して読むなよ」
 稲枝が柄にもなく照れた声を上げる。
「朗読してあげようか」
「黙読オンリーだ」
「つまんないの」
 私は唇を尖らせた。
「それはそうと、ちょっとパソコンいいかな?」
「え? うん、いいけど」
 私は席を立つ。代わりに稲枝が座り、パソコンに向かう。
「原稿ファイルは、これだね」
「そう」
「二人でチェックした方が、見落としは防げるからな」
 そう言って、稲枝はパソコンの画面に見入った。
 私は適当な椅子に掛けて、稲枝が持ってきた原稿に目を通した。原稿用紙にして十枚ほどの短編だったが、半ばまで読むまでもなく私は頭に血が上った。
「稲枝」
「ん?」
 稲枝はパソコンの画面に見入っている。
「これって、私のことじゃないの?」
「どこが?」
 彼はディスプレイから目を離さないまま答える。
「この、部室に一人でこもって本読んでるとか、人と関わるのが面倒だから、一人でいるとか」
「勘繰りすぎだよ」
 稲枝がこちらを見ないままに言う。その間も、彼の手はマウスを操作している。「そもそもヌシは、人と関わるのが面倒ってわけでもないだろ?」
「まあ、……うん」
「不器用だなって思うことはあるけどな」
「何よそれ。結局同じ事じゃん」
「違うよ」
 稲枝が急に真面目な声音になる。「面倒と不器用は違うだろ」
「そりゃ、そうだけど」
「それに、俺はヌシが退屈してるとは思ってない」
「まあね。退屈なら、ここにいないし」
「だろ?」
「でも……」
 稲枝の書いてきたものは、あまりにも私がこの部室にいて、体験し、感じていたそのままだった。それとも私の思いなど、誰にも共通であって、必ずしも特別なものではないのだろうか。
「まあね、モデルはヌシだよ」
「やっぱり!」
「だってさ、誰もいない部室にいつも一人でいる女生徒って、絵になるだろ?」
「そうなの?」
「少なくとも、何か物語が生まれそうな感じがする」
「……」
 私は、吉井のどかのことを思った。
「どうした?」
 稲枝が訊く。
「男って、女に夢を見過ぎよ」
「そうなのかな」
「そうよ」
「まあ、俺には姉貴がいるからな」
 相変わらず、私の方には視線を向けないまま稲枝は言う。「ヌシが思うほど、女に幻想はもってない」
「……」
「何か俺、おかしなこと言ったか?」
 私が黙ったままなので、稲枝が言う。
「ううん、べつに」
「そうか」
 稲枝が席を立つ。「まずまずってとこだな。多少の文脈の乱れはあるけど」
「え? もう全部見終わったの!?」
「まあね」
 稲枝が片眼を瞑る。
「ひょっとして、速読とかできる?」
「うん、できるよ」
「マジかっ!」
「そうびっくりすることもないさ。何も、早く読めばいいってもんでもないし。俺にしてみたら、ヌシみたいにじっくり読めたらって、羨ましくなるくらいだよ」
「そんなこと、ないよ」
「そうかな? ヌシとは一年の時から一緒だったけど、その読み方は独特だと思ってた」
「独特?」
「そう。何ページも読んで、時々元に戻って読み返したりする」
「ああ、それはある」
「だろ?」
「でも、それは前に読んだところを忘れてしまったりしてるから」
「俺だって、前に読んだところを全部覚えてるわけじゃないよ。でも、わざわざ読み返したりはしない」
「そうなの? 私は読み返すけど」
「その違いだね。速読は、残らないものはどんどん飛ばしてしまうから」
「なんだか、本がもったいないみたい」
「だなあ。せっかく読むんなら、一言一句余さず読むのが一番なんだろうね」
「そうやって読んでも、読み尽くせないのがあったりするんだよね。あとがきとか解説で、え?って思うこともよくあるもん」
「文学なんて、所詮そんなものなんじゃないか」
 稲枝が言う。
「かもね。幾らでも解釈できるものだしね」
「でも、解釈しきれないものもあるんじゃないかって、俺は思ってる」
「解釈しきれないもの?」
「作者の意図なんて、作者が明かさない限りは分かりようもない。周りが幾ら解釈しようが、その本質が隠されていたら、どうしようもないだろ」
「それは、まあ」
「それこそが、文学の深みだとも言えるんだけどね」
「稲枝……」
「ん?」
「あんた、意外とちゃんと考えてたんだね」
「おいおい、今さら気づいたのかよ」
「だって、ほとんど部室にも顔出さないじゃん」
「まあ、それは悪いと思ってるよ。何せ、ヌシがいるからって甘えてた面はある。でもな――」
作品名:黄昏クラブ 作家名:泉絵師 遙夏