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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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黄昏クラブ

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12


「お母さんは、武田って人が好きだったの?」
 真紀理が訊く。
「好きも何もないわ。部活のこともあるし、進路のこともあって、正直そんなことなんか考える余裕なんてなかったのよ」
「ふうん。そんなものなのかなあ」
「ま、気がなかったんだから、仕方ないわよね」
「身も蓋もない言い方」
 真紀理は笑った。
「で、あんたは彼氏とか、どうなのよ」
「私?」
「ああ、まだ無理っぽいね」
 ソファの上で胡坐をかいて、足の指の間をほじっている我が娘の姿を見て、私は苦笑するよりなかった。

 結論から言えば、私は武田に返事はしなかった。それどころか、あの後ずっと避けていた。
 部活の冊子のことでも、私は頭を悩ませていた。原稿の集まり具合によっては、部長である私が何篇も書かなければならない。
 ただ、やっていることと言えば、それまでと何ら変わりはなかった。
 九月も間もなく終わるという頃、私はやはり部室に一人でいた。
 見るに見かねてか、副部長の稲枝が二稿書いてくれたから、少しは助かっている。他の部員にも単位を担保にして急かせているところだった。
 稲枝は用がない限りは部室に顔を出さないが、やるべきことだけはやってくれるので頼りにはできた。それでもやはり、部室に私一人という状況は相変わらずだった。私用だけじゃなく、部活としてもやらないといけないことが山積していたからだ。
 だからって私がクラブのとことだけに専念していたかと言えば、決してそうではなかった。のんびりしているようでも、一応は受験生。試験勉強もやらなければならない。勉強や読書はマイペースでやれるけれど、文集の原稿だけは思い通りにはならない。
 衣替えの終わった十月初旬、まだ集まり切らない原稿に苛々しながら、私は部室にいた。このところ、さすがに稲枝もよく顔を出してくれる。それでも簡単な打ち合わせと愚痴を聞いてもらうくらいしか、やることはないのだが。
 稲枝が部室を出て行ってから、私はため息をついた。
 とにかく高校生活最後の学園祭。細々とながらも連綿と受け継がれた伝統を自分の任期で終わらせるわけにもいかない。かと言って、私ばかりが焦っていてもどうにもならない。
 することがないのなら、読書か受験勉強しかない。勉強はそこそこやっている。私は先日図書室で借りてきたフランス民話集の続きを読むことにした。
 下校時間を報せる放送が流れる。私は本を閉じた。間もなく見回りの先生が来るだろう。私は本をしまい、帰り支度をする。何気なく窓の外を眺めやっていると、見回りの先生が来た。
「はい、もう帰ります」
 注意を受ける前に私は素直に応じた。
 もちろん、私はすぐには帰るつもりはなかった。部室の施錠をして、隣の古典部の扉を引く。そこには、いつもの席で物憂げに窓外に顔を向けている吉井のどかの姿があった。
 私は勝手よろしく彼女の向かいの椅子を引く。
「相変わらず、あなたはひとりなのね」
 私は言った。
「留守番に、そうそう何人もいらないでしょ」
「まあ、ね」
「私は、あんまりうるさいのは苦手なの」
「私も」
「だから、なのかな」
 彼女が言う。
「だからって?」
「あなたに、私が見えること」
「それは……」
「見える人には、見える。見えない人には、見えない。それが、私」
「どういうことよ」
「まあ、座って」
 私はどうにもおかしな雰囲気のまま、腰を下ろした。
「あなたも、薄々は気づいてるんでしょう?」
 私が座るのを待って、彼女が言う。
「気づいてるって?」
「私のこと」
「あなたこのこと?」
「そうよ」
「……」
「私のこと、変だって、分かってるんでしょ?」
 彼女が、私を見つめてくる。
「……」
「そうでしょ?」
 黙っていると、重ねて問うてきた。
「うん……」
 正直、そう言わざるを得なかった。
「それで、いいのよ」
「え?」
「あなたが、私のことを変だって思ってるってこと」
「でも……」
「気にすることないわ。だって、変なんだもの」
「……」
「学園祭の準備、進んでる?」
 不意に、彼女が話題を変える。
「ええ、まあ……」
「その感じだと、あまり進んでいないみたいね」
 見事に言い当てられて、私は肩を落とす。
「地味な文化部の宿命みたいなものね」
「ええ」
「でも、嫌いじゃないんでしょう?」
「だからって、今の状況は好きではないわ」
「それは、そうでしょうね」
 さっきからどうも私は、上手く話を逸らされているような気がしてならなかった。だからつい、不機嫌な表情になって彼女を見つめ返してしまっていた。
「そんなに、怖い顔をしないで」
 彼女が言う。
「ご、ごめんなさい。そういうつもりじゃ――」
「そうね――」
 彼女は、胸元のリボンを弄びながら窓の外を眺めやる。私は彼女の表情ばかりに気を取られていて、その仕草の理由までは何も考えなかった。彼女はそれっきり、何も言おうとはしない。だから私は、唯一動きのある彼女の手元に視線をやった。
 ――?
 どうして、今まで気づかなかったのだろう。
 私の学校の女子生徒のリボンは学年によって赤、黄、青と決まっていた。私は三年生で青色だ。なのに、彼女のリボンの色は、どう見ても緑だった。青が、黄昏の色に褪せて見えているのではなく、明らかに違う色だった。それは、自分のリボンの色と較べたら一目瞭然だった。
 そう言えば、昔はリボンの色が赤、黄、緑だったと聞いたことがある。だが、それはずっと昔のことだったはずだ。
「あなたは……」
「やっと、わかった?」
 彼女が悪戯っぽく微笑んだ。「でも、ひとつだけ言っといてあげる。私は、幽霊じゃないわ」
「でも、そのリボンは……」
 ふうっと彼女が息を吐く。
「見た目だけなら、幾らでも取り繕えるものよ。でも、これは本物だけれど」
「あなたはいったい、何が言いたいの?」
「べつに。言葉にしたものが全て真実とは限らない以上、無駄に言葉を重ねることに意味はないだけ」
「だからって、何も言わなければ分からないじゃない?」
「言っても、分からないことだってある」
「じゃあ、どうしたらいいの」
「こうするのよ」
 彼女が立ち上がって、机越しに身を乗り出す。反応するより早く、彼女は私の頭を後ろから支えて、その額を私のそれに押し当てた。まるで熱を測ろうとするかのように。ただし、それよりもずっと優しく。
「どう?」
 彼女が訊く。
「どうって――」
「私、冷たくなんかないでしょ?」
「え、ええ……」
「ちゃんと、息もしてるでしょ?」
「うん……」
「ね? 言葉で幾ら私が幽霊じゃないって言うより、この方が信じられるでしょう」
「信じるっているよりも……。あなたは、確かにここにいるって分かる」
 彼女の髪の感触が、こめかみの辺りをくすぐる。
「私は幽霊でも幻でもないし、あなたももちろん、そう」
 彼女の手が、私の後頭部から首、そして肩の方へと滑ってゆく。「あなたも、触ってみて?」
「触ってって?」
「私に」
「――って……」
 私は、おずおずと彼女の頭に手を伸ばし、髪に触れる。
「ちゃんと、触れるでしょう?」
「うん……」
 そこで、ようやく彼女は私から離れた。その髪に触れた手だけが置き去りにされたような恰好になる。
作品名:黄昏クラブ 作家名:泉絵師 遙夏