黄昏クラブ
「だって、おかしいじゃない? どこの部活にも入ってないし、鞄もないし、来るところも帰るところも見たことがないっていうのは」
「ここにいるってだけじゃ、ダメ?」
「い、いや……。ダメってわけじゃ、ないけど」
「こうしてぼんやりとしていられる時間って、とっても贅沢だと思わない?」
「……」
確かに、言われてみればそうだった。普段でもぼんやりしているようでいて、何かしら考えていたりする。しなければならないこと、これからのこと、日常の些事など、それらから解放されて真にぼんやりできる時間など、そうそうないのだ。
「こうしてたそがれるには、一番いい時間。昼の光は、私には眩しすぎるもの」
「まあねー」
私は椅子の背に仰のけにになって背筋を伸ばす。「秋だっていうのに、この暑さじゃあねぇ」
そんな私を見て、彼女が小さく笑う。
「どうして笑うのよ」
「だって、夏休みよりも今の方が暑いみたいな言い方だったから」
「そりゃあそうよ。暦の上では秋よ。なのに暑さはそのまんまなんだから」
「気持ちの問題なのでしょうね」
「そうね……」
私は頭の後ろで腕を組む。「あ、そうだ!」
「え? どうしたの?」
「吉井さん、部活やってないんでしょ?」
「ええ、まあ……」
彼女は視線を泳がせた。
「じゃあさ、黄昏クラブってのはどう?」
「黄昏、クラブ?」
「そうそう。私とあなただけの部活」
「私と……?」
「ええ。どうせあなたとはこの時間にしか会えないんだし。二人してたそがれてみるのもいいんじゃない?」
「え、ええ」
彼女は戸惑ったように私を見る。
「じゃあ、決まりね。あなたと私だけの秘密の部活」
「それが……」
「黄昏クラブ」
ふっと彼女が吐息を漏らす。
「なんだか、ぴったり過ぎて、くすぐったいわね」
「でしょ?」
私は右手を差し出す。「私たちの黄昏クラブ」
そして互いに顔を見合わせて微笑んだ。
「えー? お母さんってば、高三でたそがれちゃってたの? うはっ、おばはん臭い」
「おっしゃい。あんただって、ただ何にも考えずにぼうっとしてる時間なんて、そうそうないでしょうに」
「なに、それ。お母さんってば、いっつも私に怒ってるじゃない。ぼんやりしてちゃダメって」
「それは、やるべきことをやってないからよ」
「はいはい、高校生ですでに黄昏ちゃってたんだよね。で、続きは?」
真紀理は先を促した。