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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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黄昏クラブ

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 夏休み。本当なら運動系の部活以外で登校する生徒はいない。でも、私が夏休みということは弟も夏休み、それこそ朝から晩まで友達を呼び込んではのゲーム三昧だった。そんな弟のために食事を作る気にもなれず、煩いのも嫌だったから、必要もないのに登校しては部室にこもっていた。前年までは県立図書館で時間潰しをすることも多かったが、今年は違った。
 古典部の部室は開いていたりいなかったりしたが、一学期の終業式の一週間後にあの少女、吉井のどかに会うことになった。
 私はなぜか、あの不思議な少女に惹かれ始めていた。
 彼女は言ったのだ。
「私、夏はあんまり好きじゃないな」
「どうして?」
「だって、誰もいなくなるし」
「寂しいの?」
 その問いに、彼女は曖昧に微笑しただけだった。
「夏ってさ」
 私は言った。「休みがあるのはいいけど、なんだか無駄にだらーっとしてるみたいで好きじゃない」
「そうね」
「休み前にはあれもこれもって思ってるのにさ、結局何もできないんだよね」
「そんなもんよ」
 彼女は冷めた口調で言った。
「欲張りすぎなのかな」
「そうでもないわよ。本当に欲張りな人は、自分のことを欲張りなんて思わないものよ」
「でも……」
「欲張りなのは子どもの証拠。でもそれに気づけるかどうかが大事なのよね」
「でも、子供の頃って、そのあれもこれもを全部やっても、まだ時間が有り余ってたような気がするんだけどな」
「大人になるって、自分のために使える時間が減ってゆくことなのかも知れないわね」
「そうだね」
 そこまで言って、私は声を上げた。「あ!」
「どうしたの?」
「なんだか、少し分かったような気がする」
「何が?」
「うん。子供の頃は、あれもこれもやりたいと思うけど、大人はあれもこれもやらなきゃいけないって思うのよ」
「ええ、そうね」
「やらなきゃ、やらなきゃって、いつも急かされているみたいになるから、時間が足りない気になるんじゃないかな」
「確かにね」
「うーん」
 私は唸る。「でも、それだけじゃない気もするんだなあ」
「他に、何か理由があるの?」
「例えは変だけど、子供の頃ってお昼食べてからおやつまでの時間と、それから晩ご飯までの時間がものすごく長かった」
 彼女が、くすりと笑う。
「え? やっぱりおかしかった?」
「ううん、そうじゃないの。あなたが言ったことは、おそらくとても的を射ている」
「うん?」
「子どもって、常に未来を追いかけている。でもなかなか追いつけない」
「ってことは……」
「そうよ。大人は時間に追いかけられている。さっき、あなたも言ったように、急かされているのね」
「大人ってみんな忙しそうだもんね。でも同じようにすばしっこく遊んでる子どもも結構忙しそうなんだけどな。どう違うんだろ?」
「未来は――」
 そこで、彼女は何かを考えるように言葉を切った。「そうね。きっと、未来は軽いのよ」
「軽い?」
「そう。そして、過去は重い」
「それじゃあ、逆に時間が遅くなるんじゃないの?」
「時間を上手く説明するのは、難しいわね」
 彼女が瞑目する。
 私も腕を組んで考えてみた。
 子どもは常に未来を求めていて、それでも未来にはなかなか届かない。逆に大人は何もしていなくとも、すぐに明日が来てしまう。まだ高校生の自分でさえそうなのだ。小学一年生の頃など、夏休みが無限にも思えるほど長く感じられたものだ。自分は講座は受けずに自力で受験に挑むつもりだが、他の同級生の中には幾つもゼミを取っていて休みなどほとんどないとぼやいている者さえいた。
 本当に、小さい頃には何をするにも時間はたっぷりとあったような気がする。
 時間だけは誰にも平等に流れる。
 ふと、そんな言葉を思い出した。
 果たして、そうなのだろうか。子供と大人の時間は、明らかに違うように思えてならない。私はそれを口にした。
「客観的な時間と、主観時間ね」
「要するに感じ方の差ってだけなのかぁ……」
 彼女の返答に、私はため息とともに言った。
「そうとも限らないわよ。あなたは、とても大切なことを言っていると思うの」
「大切な、こと?」
 私は、首を傾げる。
「ねえ、ハツカネズミの心拍数がどれくらいだか、知ってる?」
「え?」
 どうしていきなりハツカネズミが出てくるのか理解できず、私は訊き返した。
「一分間に、六百から七百回」
「そんなに! でも、それがどうしたの?」
「じゃあね、人間の赤ちゃんの場合は?」
「そんなこと、知らないわ」
「大人の二倍くらいあるのよ」
「だから?」
「心臓は、時計なのかも知れないということ」
「それは、あくまでも寿命のことでしょう? ハツカネズミは人間よりもずっと寿命が短いんだから」
「そうよ。だからなの」
 彼女が私を見る。夕景を背にして、その顔は憂欝に翳って見えた。
「心拍数は、一分間に心臓が何回伸縮するかでしょう。計測の基準は一分間という単位。でも、真実は逆なのかもしれないということよ」
「逆?」
「一分という時間は、いわゆる客観的な時間。そして心臓の鼓動が主観的な時間だとしたら?」
「じゃあ、時間はふたつあるってこと?」
「基本的には一つでしょうね。でも、感じ方が違う。それだけじゃないわ。赤ちゃんも小さな子どももすぐに大きくなるでしょう? なのに自分が子どもの時は、時間はものすごく長かったわけよね」
「ってことは……」
「鼓動を時間の単位にすると、子どもの成長が早いのではなくて、子どもはその時間の中でゆっくりと大きくなっている。同じ時間にいながら、大人と子どもではまるで時間の単位が違っているんだわ。だからね、子どもの頃は時間が長く感じられていたのではくて、実際に長かったのよ」
「うーん……」
 私は頭を抱えた。「そうなのかなあ……」
「興奮してアドレナリンが出ると、時間が引き延ばされて感じるというのも、同じことかも知れないわ」
「それじゃ、私たちは同じ時間にいながら全然違った時間を生きてるってことになるじゃない?」
「べつに、そうはならないわよ。私たちは同じ時間にいるの。でも、その過ぎ方が違うだけなのよ」
「なんだか、ねじくれてしまいそう」
「難しく考え過ぎよ。ただ、小さい時に感じた時間の長さは、気のせいとかじゃないってことよ」
「そうなのかなあ……。そう言われれば、何となく納得できそうな気もしないでもないんだけど……」
「それはね、きっとそれ以外の原因があるからだと思うわ」
「まだ他にあるの?」
「大人になるにつれて、自分の時間を生きられなくなる。主観時間だけじゃなく、場合によっては周りの客観時間に合わせないといけなかったり。そうやって、常に時計を調整していたら、忙しくなって当然よね」
 私は必死になって時間を合わせようとしている大勢の大人の姿を想像して、眉をひそめた。
作品名:黄昏クラブ 作家名:泉絵師 遙夏