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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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黄昏クラブ

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 私は、さっきまでマイペースの定義に考えを巡らせていた自分が馬鹿らしくなった。
「少しは悪いと思ってるよ」
 稲枝は机の上に飲み物の缶を置いて、私の方へ滑らせた。「かくまってもらうんだから」
 二つ並べた長机の継ぎ目の高低差で無様に転げてきたそれは、私の好きなロイヤルミルクティーだった。
「あ……ありがと」
「べーつに」
 無言の時が流れる。
 プルトップを開ける音が、やけに大きく感じられた。
 口にしたときの温度から察するに、稲枝は五限目からサボっているのだろうことがうかがえた。
「ねえ、稲枝」
「あ?」
 気怠げな返事。
「大学、行くんだよね」
「ああ」
「やっぱ、文芸サークル?」
「さあ」
「……」
「大学って、部活強制じゃないし」
「そっか」
 私は、ふっと息を漏らした。「堂々と帰宅部できるんだ」
「ま、そもそも帰宅部なんて言葉もないだろうさ」
「……だね」
 私は読みかけの本を鞄から出した。
「よくそんな分厚い本なんか読めるな。辞書か?」
「まさか」
 私は少し笑った。「分厚ければ何でも辞書? いちおう文芸部のくせに」
「本もいいけど、ちっとはヌシも勉強しろよ」
「稲枝に言われたくない」
 互いに肩を竦め合った。
 稲枝はそれから一時間ほどして帰って行った。冗談のつもりで言ったのだが、本当に補講をサボっていたのかも知れない。読書中の私に気を遣ってか、席を立った彼に気づいて顔を上げた私に、「じゃあな」と言って手をかざしただけだった。

「え? えー!? それって、お母さんの初恋? うわ、マジで!? それ、ヤバいやつじゃん!」
「バーカ!」
 私は真紀理のおでこを思いっきり小突いてやる。
「だって、そうじゃん? 気があったんでしょ?」
「そんな訳ないでしょ」
「でも、その稲枝って奴、絶対にお母さんに気があったんだよ。でなきゃ、わざわざお母さんの好きなもの知ってるわけないじゃん」
「さあね。男って、変なことにだけ器用だったりするから」
「へーえ。なんかロマンスの欠片もなくて、つまんない」
 真紀理が唇を尖らせる。
「そういうこと言ってるうちが華よ」
「うへ。オバンくさい」
「誰がオバンよ!」
 私はこぶしを振り上げて見せた。
作品名:黄昏クラブ 作家名:泉絵師 遙夏