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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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ひまわり天使

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 オバサンの頭の上に、私と同じように、ひらがなの「ぺんぺんぐさ」の文字列が回っていたのだ。ただ、私と違うのは、単語とそのフォントと色だった。私のは黒の太ゴシック、オバサンのは茶色の明朝体だった。だが、オバサンは自分の頭の上で、ぐるぐる回っている明朝体の「ぺんぺんぐさ」には全く気付いていないようなのだ。
 それにしても、ぺんぺん草って――
 気づかれないくらい離れてから、わたしは噴き出した。
 一人でニヤつきながら歩いているわたしの横を、ランドセルを背負った小学生の男の子が駆け抜けてゆく。その頭上には鮮やかな水色の「いるか」の文字環が。
「待ってよ! あたしのリコーダー返してよ!」
 今度は女の子が、さっきの男の子を追って、わたしを追い越して行った。女の子の頭上の文字は、ピンクのポップ体で「こたつ」。それを見て、またもやわたしは吹き出した。
 男の子が「いるか」で、女の子は「こたつ」。逆だったらかわいいんだけど、「こたつ」って、あまりにもシュールすぎて笑ってしまう。
 駅に近づくにつれ、人の姿も増えてくる。
 自転車に乗った高校生、朝だけは元気でいようと無理してるような中年サラリーマン、寒いのに短めのスカートで頑張ってるOL。それらの人々全ての頭上にはさまざまな文字列が回っていた。しかも、彼らはそれには全く気づいてはいないようなのだ。その単語もさまざまで、キムチ、タカラジェンヌ、トナカイ、うでどけい、メゾフォルテ等、ジャンルも色も千差万別だった。
 改札の駅員の帽子の上には、黄土色の「ぬりかべ」が回っていた。
 ホームへ上がる階段で、目の前にいる頭の禿げ上がった中年サラリーマンの上には「わっかない」が。
 いや、輪っかあるじゃん、無いのは髪の毛でしょって思わず心の中でツッコミを入れてしまった。
 ホームで電車を待っていると、いやでもそれが目に入って来る。そこいら中に回転式の電光掲示板がある状況を想像してみてよ。
 たこやき、にんじん、オーストラリア、にしきへび、クライアント、ティッシュペーパー、じゅうごや、みんみんぜみ。色もフォントもさまざまな文字列が、電車待ちの人たちの頭の上で回ってる。しかも、誰もそれに気づいてもいないんだ。
 ひょっとして、これはわたしにしか見えていないのかも知れない。
 見えないなら、見えないに越したことはない。そもそも、見えていたって何のメリットもないんだし。|煩《うるさ》いだけだし。
 でも、これでわたしも幾らか気が楽になった。
 わたしの頭上で回転している「ひまわり」は、誰にも見えないのだ。
 だったら、堂々としてればいい。ただ、頭の中ではずっと「ひまわり」は回っているのだが。
 実際、もの凄く恥ずかしい単語の人もいた。
 ピー(自主規制)とかピー(自主規制)なんて、もし人に見られたら二度と外を歩けないだろうってのもあったんだし。それに比べたら、ひまわりなんて可愛い方だ。あくまでも好き嫌いは別にして。
 でもって、電車に乗ってからがまた大変だった。もう、文字だらけなんだもん。
 すきやき、てんぷら、にちべいかいせん、ハレーすいせい、ゆうきゅうきゅうか、さくら、ピー(自主規制)、ていおうせっかい、なつめそうせき……
 脈絡も何もない文字列の氾濫。でも分かったのは、それらの単語が、必ずしもその人の意思を反映していないということ。だって、わたしのも大嫌いな「ひまわり」なんだから。
 でも、それが分かったとて、煩いのには変わりない。中には主張の強いのもあって、それらは派手なネオンサインよろしく明滅しつつ回転しているのだ。嫌でも目についてしまう。
 いい加減、人の輪っかの文字にうんざりしつつ、何とかわたしは出社した。
「あ、くまっち、おはよう」
 同僚の沙織が声をかけてきた。咄嗟にあいさつを返すよりも先に、彼女の頭の上を見る。
 朱色極太ゴシックのすっぽんエキス。
 ぶっ!
 またもや吹き出してしまった。
「何よ、人を見て笑うことないじゃない!」
「ごめんごめん」
 わたしは笑いながら彼女の肩を叩いた。
「もう、何なのよ」
「気にしない、気にしない」
 オフィスに入ると、やはり従業員それぞれの頭上に文字の円環が回っている。
 わたしはもう、それらをいちいち見ようとも思わなくなっていた。もし変な単語が回っているのに笑ってしまったら、いちいち弁解するのも面倒だから。
 そんなこんなで、わたしはスタッフの頭上にはとりわけ注意を向けないようにして、仕事を始めた。
 だが、それも始業一時間後には破られてしまう。
 何かとわたしに強く当たって来る、いや、そもそも部下を人間とも思っていないクソ上司に呼び出しを食らってしまったのだ。
「君ぃ、こんな報告を上に回せると思っとるのかね?」
 ぐちぐちぐちぐち。
 小うるさいんだよ、テメエは。男のくせにネチネチと。
 ふと、額の後退した上司を見る。嫌でも目に入る頭頂部。やつはチェアに座り、私は立ったまま、形だけは恐縮している。
 その上司の頭上に瞬くのは。
 ポメラニア~ン!
 ポ、ポメラニアンだよ?
 ブルドッグをさらに上下左右から押しつぶしてこねくり回したような顔をしてるくせに、ポメラニアン?
 いや、だ……ダメだ。
 笑ってしまう。
 反則だろ、それ?
 ってか、よりにもよって、ポメラニアン?
 懸命に笑いをかみ殺しているうちに、涙が出てきた。
「ん? ああ、まあ……」
 上司が口ごもる。「そんなに深刻になるほどのミスでもないし、今後は気をつけてくれよ」
 私は一目散にトイレへと走った。
 幸い、女子トイレには誰もいなかった。
「うぷっ!」
 ドアを閉めて、わたしは思いっきり吹き出した。ついでに鼻水も飛び出した。
 次いで、笑いの洪水。
 もう! よりにもよって、やつがポメラニアン?
 あはっ! あはははははは!!
 ひぃっ!
 ひっく!
 うぷぷぷぷ!
 う……、いかん。また鼻水が出てきた。
 でも、あいつがポメラニアンなんて、傑作だわ!
 笑いの発作を沈めて廊下へ出ると、社員と来客が挨拶を交わしている場面に出くわした。
「いつもお世話になっております」
「こちらこそ、お世話になっております」
 という、社交辞令の真っ最中だった。
 ウチの社員の頭には「こきおろし」、取引先らしい人の頭の上には「シリウス」。
 お互いに頭を下げたその瞬間、カチンという硬質な音と共に、ウチの社員の光環がはじけて消えた。
 え? 今のって、何?
 彼らはそろって応接室へと消えていった。「こきおろし」社員には、もはや回転する文字列はない。
 これって、どういうことなんだろう?
 でも、この煩い「ひまわり」を消す方法が決してないわけではないということが分かった。。
 頭の中だけじゃなく、実際に頭上で回り続けている「ひまわり」を何としてでも消してしまいたい。
 でないと、私の日常は大嫌いな「ひまわり」に占拠されてしまう。
 そうして迎えた昼休み。混雑する社員食堂でたいして美味しくもないB定食を食べていると、やっぱり取引先の人らしい中年男性が社員と共に入ってきた。四人掛けテーブルに一人で掛けていた私のところに彼らが来て、相席を求めた。
作品名:ひまわり天使 作家名:泉絵師 遙夏