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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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川の流れの果て(3)

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それからいろんな話をしていたが、与助が酔っ払い始めると、またいつもの調子でぐすぐす泣き出して、昔の女の話を始めた。
「俺ぁ惚れた女が居たんだ…」
「まーた始めたぜこいつぁ!もう勘弁してくれよ!」
留五郎はそう叫んだが、それをじろりと与助が睨んで、「おめえに話してるんじゃねえ、又吉に話してんでぃ!」と酒臭い息で言い返した。そしてすぐに又吉に向き直って、酒を飲みながら昔の思い出を語った。


「俺ぁ、ある晩吉原へ行ったんだ…気の合う花魁が居て、なじみになって、花魁は年が明けたら必ずお前さんと一緒になるんだなんて言って…紺屋の仕事の話まで、いちいち聞いてきたりしたんだ…でも、ある時俺ぁ金に困って吉原へしばらく行けなかった。その内にぁ花魁の年が明ける日が来るってえのに…それで、俺のところに花魁の店から手紙が来た。花魁からだ。紅衣という名だが、本当はお藍だった。お前さんが紺屋なら縁起担ぎになるなんて花魁言ってたんだ。手紙には「兼ねてより交わした起請の件について御相談有。早急に来られたし 紅衣」と書いてあった。俺ぁ行きたかった。本当に行きたかったのに、金が無かったんだ…。そこら中駆けずり回って、知り合い連中みんなから金を借りようとして、みんな断られた。それから、二回目に、花魁の年が明ける十日前にも手紙が来た…「今日を限りに逢うこと叶わず 至急来られたし」…そう書いてあった。給金の前借りをしようとしたら、その前の月の前借りがしてあるって言うんだ…わかってた。それに、吉原へ行くために給料の前借りなんか出来るもんじゃねえ。…それで、花魁の年が明ける日から三日経って、ようやく金が出来て、慌てて花魁の店へ行ったら…花魁、居ねえんだ。影も形もねえ。若い者まで「年が明けたので花魁は居なくなりました」なんて当たり前に言いやがる。俺が起請を出して見せて、今どこに居るのか言えと言ったら…そいつぁ「そんなのはわからないし、それを本当に花魁が書いた証拠もないです」なんてすげなく言って、「お遊びにならないんですか」なんてこと言いやがった…俺ぁそいつを堪らず突き飛ばしちまって、店ぇ帰って泣くしかなかったんだよ…約束はほんとだったのに、花魁は居なくなっちまった…今どうしてるのかわからねえ。もしかしたら、俺が行かねえもんで、外へ出てっても生きていくのが嫌だなんて、もうこの世に居ねえかもしれねえ…それか、店への借りを返す金に困って俺を頼ったのに、俺が行かねえから、金が出来なくて首をくくったかもしれねえ…それを思うと…。お藍。そういう名前の女だった…おっかさんに似た、綺麗な女だった…」

そこまでを話し切った時には、与助はぼろぼろと涙を零し、必死にそれを拭っていた。又吉は一生懸命与助の肩をさすってやっていて、「そうなんけえ、そうなんけえ、それは悲しかろう、さびしかろうなあ与助さん…」と、目に涙を溜めて与助を慰めていた。

しばらく又吉が慰めていると与助の涙は収まってきて、「ありがとな又吉、もう大丈夫だ」と与助は力なく微笑んだが、又吉は心配そうに「ほんとに大丈夫け?」と聞いた。それがあんまり真剣に聞いたもんだから、与助が「大丈夫だ。こんな話は良くあるんだぜ」と、冗談ごとにして話を終わらせようとしたくらいだ。

その後又吉は、三合の酒を飲んで肴を食べ終えると、「門限があるでなぁ、失礼します。親方、馳走になりまして、お花さん、お代です」と銭をお花の手に握らせて、帰って行った。
与助は又吉の背中を見送りながら、「あいつぁいい奴だが…」と言い掛けて、独り言だったかのようにまた酒を飲んだ。