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たたかえ!アンポンタン


 
いきなりお金の話ですが、カネが欲しいなら銀行強盗。どうでしょうか、ねえ皆さん。一度きりの人生ですよ。一発ドカンとでっかいことをやって死にたいとお思いの方はおられませんか。
 
やってしまったことよりも、やらずに済ませてしまったことの方が、悔いが大きいものなのではないでしょうか。あのとき……やっておけばよかった……今際(いまわ)のきわにそうつぶやいて死ぬことになるかもしれない。それでいいのですか。ねえ皆さん。元気なうちにやるべきことをやっておくべきと思いませんか。
 
だったらもう銀行強盗。〈絶対に成功しない〉と思われがちでありますが、それは誤解で、うまくいった例は結構たくさんあります。1994年に神戸で五億四千万やられたのが日本で最大の成功例らしく見事に時効成立。もっともこの犯人は、後に別の強盗をやって失敗し捕まってますが。
 
しかしそこまでいかずとも、被害金額が何百万かのものならばいくつもあるのです。要はやり方なんですが、エゲツないのがあの〈帝銀事件〉というやつ。
 
あれも犯人が平沢貞通じゃないと言うなら、成功した銀行強盗になるんでしょうが、どうでしょうね。本当に、あれは冤罪なのかどうか。
 
いや、私もね。その昔には思ってましたよ。みんながみんなあれは無実と言うんだったら無実だろうと。前に書いた『警視庁重大事件100』にもやはりこの事件が載っていて、こんなことが書いてある。
 
   *
 
公判では、犯人を目撃した行員たちが平沢とは別人であると証言したことや、現場に残された犯人の指紋と平沢の指紋が一致しないこと、そして6人もの証人が平沢のアリバイを証明したことなど、平沢が無実である多数の証拠が明らかになった。だが、裁判所が出した判決は死刑。
 
アフェリエイト:警視庁重大事件100(中古本)
 
こういうのを読むとなるほど、無実なんだと思うでしょう。だから私も昔は無実と思ってました。
 
でもねえ、ある日、読んだんですよ。松本清張の『日本の黒い霧』! 定食屋の棚に置いてあったのを、帝銀事件のところだけね。そしたら、なんだなんだこりゃあ。
 
《真犯人は〈七三一〉の元隊員で、その裏にはGHQの秘密機関》なんて説があるのは知ってましたが、セーチョーも、それを信じてるだけなんですな。その時代は安保闘争の時代であって、サヨクさんが自衛隊員や米軍兵士に石や火炎瓶投げつけたり、交番に爆弾仕掛けておまわりさんを吹き飛ばし、ザマーミロなんて言っていた。
 
その巻き添えで関係のない人が死んでも、「革命に犠牲はつきものだ」と言って済ませて平気でいた。彼らたたかうアンポンタンにとってはそれが正義だった。中ソの核はいい核で、アメリカの核は悪い核。中ソの〈AK〉は世界に平和をもたらすためのいい銃で、アメリカの〈M16〉は女子供を見境なく殺すための悪い銃。安保反対。安保反対。だから〈帝銀事件〉もまた、アメリカの資本主義者と旧日本帝国主義者のしわざに違いないのでーす!
 
なんていうのをセーチョーも、信じていただけなんですな。犯人がシアンブルーを絵の具に使う画家であっては、〈七三一〉のバイキンマンの犯行ということにできない。〈七三一〉のバイキンマンの犯行でないということになってしまうと、GHQの人体実験だったという話にすることができない。

セーチョーにとってはこれが都合悪かっただけなんですな。《使われた毒は当初は青酸カリと見られていたが、あらためて鑑定すると〈七三一〉が開発した特殊なものであるとわかった》なんて話があるのはおれも知ってて、ならば冤罪なんだろうとつい思ってしまっていたけど、セーチョーも、この一点のみをもって平沢の無実を主張している。
 
他の証拠がどれほど強く平沢の犯行なのを示していても、毒がただのシアンブルーすなわち画家なら手に入れられる青酸カリでないのならば平沢は無実。ウン。そりゃそうだ。そうだけれどもなんだよこの『黒い霧』に書いてあるのは。《アポロは月に行ってない》とか《シャーロック・ホームズは実在し、今もどこかで生きている》とかいうのとまるで変わらんじゃないの。
 
GHQの実験だとしたいやつらが〈N線〉だとか〈ポリウォーター〉とかいったのを信じちゃうようなトンデモ学者に、
 
「先生ならばこれがシアンブルーでなく、〈七三一〉が作った毒だと鑑定してくださいますよね? 真実を明らかにしてください!」
 
とやって、
 
「おお! そうだ!! これはそれだ!!! 〈グリコモリナガタベタラシヌーデ〉に間違いない!!!! 〈七三一〉が作った毒で、今は米軍だけが製法を知っているのどわあぁぁっ!!!!!」
 
と言わせただけなんじゃねえの。
 
これはそうとしか思えんなあ。と定食を食べながら、おれは考えたわけでした。で、そのときは御馳走様と言っておしまいだったんですが、その後に、別の本を見つけてちゃんと読んだんですよ。それがここに紹介する、
 
アフェリエイト:刑事一代(中古本)
 
なんですが、でも結構よく知られた本なのかな。おれも見つけて手に取ったのは古本屋の百均台でだったんですが、まあとにかくすばらしい。私はこれを読みまして、〈帝銀事件〉は平沢の犯行に間違いないと確信しました。お勧めです。
 
アフェリエイト:指紋捜査官(電子書籍)
 
あと、それからこれもお勧め。〈指紋の神様〉として有名な塚本宇平について書かれた本ですが、これによると日本の指紋捜査はこの人がひとりで築いたようなもんだったみたいですね。宇平さんが変える前には指紋係は現場に入ることもできず、刑事達が手袋もしていない手で採ってきたボヤボヤの指紋を、
 
「オレが採ったこいつがホシが残した指紋だ」「いーや、オレのがホシの指紋だ」
 
なんていうのをただ毎日見せられていただけだったとか。〈帝銀〉の指紋の話もその同類であるらしく、残された〈謎の指紋〉を犯人のものとするのにはセーチョーでさえ懐疑的なのは、
 
アフェリエイト:小説帝銀事件(電子書籍)
 
どうぞこちらで。あと、アリバイか。それもこの『小説帝銀事件』を読むと、事件発生の時刻に確かに平沢が別の場所にいたと言うのじゃなくて、現場から電車で一時間のところにいる親戚を二時間前に訪ねて数人と会っている。その彼ら(つまりアリバイを証言したという6人)は「平沢はちょっと話してすぐに出てった」と初めは言っていたのに裁判では「いーやもっと遅い時刻でかなり長く居たような」と供述を変え、検事が「どういうことですか」と聞くと、
 
「みなと話し合い、よく記憶を呼び起こしてみて、総合的に判断した結果だ」
 
と応えたということで、なんかセーチョーの『点と線』みたい。セーチョーの読者にするとこれが鉄壁のアリバイに見えるんですかね。
 
セーチョー自身は《毒が青酸カリでないならGHQの実験だ》の一点張りで、だから目撃証言についても、「別人だ」と断言したのは実はたったひとりだけ。そのひとりさえ、
 
「いままで何人も見せられた容疑者のうちでは、平沢という人がいちばん似ている。しかし、なんか感じが出ない。ピンとこないのです」
 
作品名:端数報告 作家名:島田信之