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白久 華也
白久 華也
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九死に一生

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第1章 事故当日~駆けつける

 

 その日、バッテリ残量がわずかだったこともあり、退勤報告の電話をした後は、携帯をいじることをしなかった。それでも最寄駅に着いて、買い物要請があるかも、と思い、無料通話アプリを開いた。
 夫から着信とメッセージ。
 
 目は確かに文字を追っているのだが、頭に、心に伝わらない。


「警察から電話があって、Rが事故って危険な状態だって」


 事態を飲み込むのにどれほどかかったか?
 慌ただしく、着信も何回かあったようだ。
 着信時刻を見ると、19:16。
 今、20:06だ。常にマナーモードにしてあるので、混雑した揺れる車内では着信に気づかなかった。
 バッテリが心もとないが、電話をかける。
「もしもし、どういうこと?」
「警察から電話があって、ドクターヘリで運ばれたって。とりあえず、一命とりとめてるけど、予断は許さない状況だって。向かうために支度してる。今どこ?」
「A駅に着いたとこ。バッテリがなくなりそう」
「こっちは半分くらいあるから、充電器も持ったし。そこで待ってて、あと、5分か10分でうちを出るから。猫たちの世話しておかないと、いつ帰れるかわからないし」
「わかった。あ、駅前のマックにいる。少しでも充電する。近くなったら電話して」
 全く状況がわからない中、とにかく通信手段は確保しないと。胃が痛い。電車の冷房で身体は冷えすぎている。口は乾いていても、何か受け付ける感じではないが、何か注文して席を確保して充電しなくちゃ。ケーブルは持ち歩いている。ホットコーヒー二つとポテトを頼んで、充電器をつないだ。
 20:30、バッテリが数パーセントも増えないうちに、夫と落ち合った。
「とりあえずY駅に向かう」
「事故の状況とか、聞いた?」
「詳しい話は分からない。相手の過失らしい」

 Rは私たちの次男で、大学の専門を生かした仕事に就いたものの、あまりのブラックさに、もう専攻分野はいいや、とバイクの整備の仕事に転職した。趣味が仕事になったのだが、親としては、危険を伴う趣味は心配の種であった。全国展開の会社なので転勤が多く、数か月前に今のK市の店舗に配属になったばかりだった。
 Y駅は長女の最寄り駅である。娘婿が車を貸してくれるという。私達は2年ほど前、わりに交通の便が良いところに引っ越してきたのを機に、自家用車を処分してしまったのだ。娘の住まいと搬送された病院が同じ県だったのは不幸中の幸い…というべきなのだろうか?
 電車で移動中、何度か夫の携帯に電話があった。
 Rの職場の店長と直属の上長が店の仕事を終えて、こんな時間に病院に駆けつけてくれたようだ。
「明日は店休日だから大丈夫ですよ、待ってますので、どうかお気をつけていらしてください」
と言われた。
 警察からは、面会して、次男であることが確認出来たら連絡が欲しいと言われた。免許証で確認しただけでは済まないらしい。ぶつかってきた相手は、拘留されているとのことで、Rが起こした事故ではなく、相手を怪我させてもいないことに少し安堵する。

 Y駅に着いたのは、22:30を少し過ぎたところだった。快く車を貸してくれ、自宅まではバスがまだあるから、このまま行ってくださいと送り出してくれた娘婿に感謝し、ナビをセットした。慣れないナビの設定に手間取り、もどかしい。所要時間は30分くらいと出た。迷わなければ、だけど。
 搬送された病院は、ドクターヘリを題材にしたドラマのモデルになった大学病院である。知識として知ってはいたが、まさか自分の子供が運び込まれることになるとは思いもかけなかった。
 ナビが示す道を行くと、農道というより山道といった方が良いような道で、どんどん細くなっていく。街灯もない、暗く曲がりくねった細い道は、対向車が来たらすれ違えないどころか、左右の茂みが掠るほどの狭さで、本当にこの道で合っているのか?と不安にさせられた。
 やがて、道がいきなり広くなり、整備された広大な敷地が街灯に照らされ、目の前に現れた。が、どこから入れば良いのかわからない。たまたま進んでいったところに警備の人が立っていた。
 「すみません、ドクターヘリで運ばれた者の家族です。車はどこに止めればよいですか?」
 「こちらにどうぞ」
と目の前のスペースを案内された。
 地元の人しか通らない農道のような道をドキドキしながら通ってきた割に、ドンピシャで救急外来の駐車場にたどり着き、夜間通用口を案内されたのには、力が抜けかかった。震える膝を叱咤しつつ、夜間通用口に詰めている警備員さんに、RのいるICUへの行き方を教わって向かう。夜中の病院は、明るい場所もあるが、薄暗い所も多く、不気味に足音が響く。教わった2階に上がると、そこは「ショック・外傷」という病棟だった。
 ナースステーションの手前に、小部屋があり、そこから男性二人が出てきた。Rの上司たちだった。もうじき日付が変わるという時間なのに、待っていてくださった。しかも、家族でないという理由で面会もできなかったのだという。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。私たちは遅ればせながら会いに来れたけれど、身内がいない、天涯孤独な人だったら、上司の面会はできるのだろうかとふと思ってしまった。
 担当看護師が案内に来てくれたので、上司二人にはお礼もそこそこにお引き取り頂いて、ICUへの入室手順を教わり、足を踏み入れる。

「今、とりあえず状態は落ち着いています」
 息が詰まりそうになりながら、心電図やらいろいろな機材に囲まれたベッドに近づくと、間違いなく愛息の顔がそこにあった。
 警察から顔を確認して、なんて言われたけど。
 悪い想像…全然判別できないような顔じゃなくて、ちゃんとRの顔だった。
  
 医師と看護師が簡単に説明してくれる。
 出血多量で、心停止の寸前であったこと。損傷した脾臓からの出血を止めようがないので、やむを得ず摘出したこと。あちこち骨折していること、無意識に暴れて色々な管などを外すと生命の危険があるので、やむを得ず手足を拘束していること。
「緊急でできることはすべて行い、予断は許しませんが、容体は安定しています。
この後、別室でご説明と入院手続きなど行います」
 全身創痍で、管につながれている身体は、撫でたくとも触って大丈夫そうなところが少ない。乾きかけの血でもつれた髪をそっと手で梳き、
「また来るね」
と声をかけて、案内された別室に向かった。

 4人掛けのテーブルが置かれた小部屋で渡された何枚もの書類のうち、一番最初に差し出されたものは、
「診療に関する説明書」だった。

作品名:九死に一生 作家名:白久 華也