キャンディーしかないお菓子屋さん 第一話 同級生キャンディー
言うと同時にみいこは救急車に飛び乗り、欲鬼に向けて体当たりした。あわてて走ってきた慎之介もジャンプして救急車の後ろに乗り込んだ。みいこの体当たりで少し体勢を崩した欲鬼だったが、すぐに立ち直ってみいこを突き飛ばした。みいこは押された勢いで車の後ろから地面に落ちて気を失ってしまった。それを見てフゥッと背中の毛を逆立てた慎之介が欲鬼に飛びかかったその時、欲鬼は持っていたナイフを慎之助の方に向けて突き出した。ギャッという叫びを上げて慎之介の身体はそのナイフに吸い込まれるようにかぶさった。
シュッと真っ赤な血があたりに散ったと思うと慎之介の身体はそのまま救急車の床に落ちてそのまま動かなくなった。欲鬼はちょっと自分でも驚いた様子だったが、慎之介が床に倒れているのを見ると大声で笑い出した。そして再び持っていたナイフをみいこのお母さんに向かって振り上げた。
ニヤリと笑ってそのナイフをお母さんののどへ振り下ろした時、救急車の中がピカッとまばゆいばかりの閃光に包まれた。そしてナイフの刃先がお母さんののどへ刺さる直前に、欲鬼は後ろのドアから外に弾き飛ばされた。
一瞬何が起こったかわからなくなった欲鬼はあたりをきょろきょろと見回した。見回した欲鬼の眼は、自分の前に立って腕を組んでいるおばあさんを捕えた。欲鬼はまるでおばけでも見たように驚いてしりもちをついたままずるずると後ろへさがった。
「お前、まだ悪さしてるんだね。いいかげんやめる気にはならないのかい?」
「ひえっ、天使様、お許しください。どうかお許しください」
「お前は何の罪もない子供達を苦しめた。そして天使の卵の灰色ネコを殺してしまった。今回はもう許されないよ、消えておしまいっ!」
そう言うとおばあさんが両方の掌を欲鬼に向かって突き出した。ギャッという悲鳴と共に欲鬼の身体に火がついた。メラメラと燃える欲鬼はそのまま灰になるまで燃え続けた。
「みいこちゃんや、しっかりして。目を覚ますんだよ」
みいこの頬を軽く叩きながらおばあさんはやさしく声をかけた。
うーんとうなりながら地面に倒れていたみいこが目を開けた。
「おばあちゃん、お母さんは? あの鬼は?」
「大丈夫じゃよ。もう鬼は死んでしまった。お母さんも大丈夫じゃ」
そう言うとおばあちゃんは救急車によいしょっと乗り込むとお母さんの口を左手でこじあけて右手の指を口に突っ込んだ。指が口から抜かれた時、その指先には欲鬼が持っていた不幸の種がはさまれていた。種が取れて気付いたお母さんを見てみいこは体の力が全部抜けたようにその場に座り込んだ。そして、ふと慎之介が見当たらない事に気付いた。
「おばあちゃん、慎之介は?」
と言いかけたが、その言葉を言い終わらないうちにおばあさんの足元に血まみれで倒れている灰色ネコに気付き、言葉を失った。
フラフラと慎之介に近づいたみいこは冷たくなった慎之介の身体を抱き上げて号泣した。
「みいこちゃん、心配しなくてもいいよ。わしが天界に慎之介を連れて行く。きっと慎之介はその失敗を許されて天使になれるじゃろう。わしからも校長によく頼んでくるから。今の校長はわしの教え子だったからな」
そう言ってみいこから慎之介の身体を受け取ると、おばあちゃんは静かに救急車から降りて白い羽を背中いっぱいに広げた。そして次の瞬間には空高くに浮かび上がり、そして見えなくなった。
【その8】
事件から一ヶ月が過ぎようとしていた。
「まったくあの青木バアさあ、あたしの事狙い撃ちにしてるんだよ。今日だって授業が終わった後にあたしだけ呼び出しだよ。まいっちゃうよね。ほんっとムカツク」
部屋の畳の上に腹ばいになって、今日もみいこは親友のカナコと電話で青木先生の悪口をおしゃべりしている。電話を切るとみいこは、またいつもみたいに休憩休憩と言いながら机の引出しにある秘密の箱から500円玉を取り出して、コンビニへ向かった。
みいこはあの事件の後、おばあさんのお店へ何度か行ってみたがいつも閉まっていた。慎之介が血まみれになった姿を思い出すとみいこの胸は今でもキリキリと痛んだ。
コンビニの手前まで来た時、ふとみいこは背中に視線を感じた。みいこは右後ろの塀の上を振り返った。 塀の上には一生懸命、前足で毛づくろいをしている小さな灰色ネコがいた。そのネコは金色の瞳をみいこに向けながら面倒くさそうに前足をクリックリッっと動かすと、みいこに向かって片目を閉じてウインクしたのだった。
キャンディーしかないお菓子屋さん 同級生キャンディーの巻 了