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今だから

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 コロナ禍の今、堂々と触れ合えるのは家族という括りだけなのだと、つくづく思う。

 小さい時から人との距離を測るのが苦手だった。人との間に壁を作ることが多く、お世辞にも可愛げのある子どもではなかった。
 成長してからも他人とコミュニケーションを取るのが苦手で、中学、高校、大学、となかなか親しい友人もできなかった。

 だから、するんと、いつの間にかパーソナルスペースに入り込まれてしまうと、その人がすごく気になって。
 けれど、その人との距離のとり方が分からなくて不用意に近づきすぎたり。

 俺のこと好きなの?なんて言われてしまったり、お前ホモなの?と気味悪がられてしまったり。

 そんなだから、なるべく人と関わらないように気をつけて生きてきた。

 大学卒業後は、中小企業と呼ばれる金属加工メーカーに就職した。
 生産管理に携わり、頑固な溶接工のじいさんや、技術はあるけれど人間的にどうなんだ、と言いたくなるような酒浸りの職人達と仕事した。
 昔ヤンチャだっただろうと思わせる彼らは、とても人懐こくて上下関係に厳しかった。人付き合いが不得手な僕が作る壁なんて易々と飛び越え、なんの隔たりも拘りも躊躇も無く接してくれた。
 やっと自分の居場所ができた気がした。やっと人と向き合えるようになり、やっと自由に空気を吸えるようになった気がしていた。

 ところが。
 入社して8年。ようやく職人達との信頼関係も築けてきたところで、僕は営業部門に異動することになった。
 晴天の霹靂、とはこのことか。

 現場をよく知る営業として、社を担ってくれ。
 そんなことを言われた。
 けれど、無理だ。
 僕には営業なんて、およそ一番むいていない。

***

 2年前、総務に中途採用で入社してきた人がいる。  
 柳紘人(やなぎひろと)さん。当時40歳。僕の12歳年上。なのだけれど、僕とそんなに歳が離れているようには見えない。中肉中背できっとストイックな生活をしているんだろうと思わせる体型。とても姿勢がいい。なにより所作がとても綺麗な人だ。
 そして、シングルファザーという噂。

 中途採用で総務に来るオッサンなんて、正直、ろくな奴じゃないと思っていた。
 でも、彼は違っていた。
 仕事がとてもできる、頭の切れる人だった。
 同じものを見ていても、そこから取り込めるデータ量は人によって違う。
 その大小が、仕事ができるかどうかであり、気遣いができるかどうかであり、魅力的な人かどうかでもあると思う。
 そして彼は、そのどれもができる人だった。

 なんでこんなに優秀な人がうちみたいな中小の金属加工メーカーに、と何度も思った。
 思い当たるのは、1人で子育てしなければいけないための融通性を求めた、くらいだろうか。

 柳さんは入社当時、自社製品のことを知りたいから、と、製造部門にいる僕の上司に、暇を見つけては製品のことを聞きに来ていた。上司が不在の時には、僕にもいろんな質問をぶつけてきた。
 正直、管理部門にいるだけなら、そこまでの知識は必要ないんじゃないのかと思うほど、熱心だった。

 そんな熱意が伝わったのか、現場の職人たちと関わることなどほとんど無い総務に在籍しているにもかかわらず、彼は頑固職人たちからさえも信頼を得るようになっていた。

 人間として好ましい。信頼のおける人。
 彼はおそらく、全社員からそういう認識で捉えられていたのだと思う。

 かくいう僕も、彼をそんなふうに認識していた1人であったことは間違いない。僕も頑固職人たちと同様、仕事上では彼との接点などほとんどなかったのに。

 けれど、僕が営業に異動になった時、彼は親身になって相談に乗ってくれた。その後も営業の仕事で壁にぶち当たるたび、必ずと言っていいほど相談に乗ってもらうようになってしまった。

 彼がとても親切に、とても親身に、けれどさりげなく相談にのってくれるから。
 人に対して身構えてしまう僕の心を、いつの間にか溶かしてしまうから。

「塚原くん、また眉間にシワがよってる。リラックスしましょうか。」
「塚原くんは人の細かいところをよく見ているから、人の心の機微には聡いんですよね。だからっていろいろ気にしすぎ。もっとどーんと構えていればいいと思いますよ。」
「塚原くん。」「塚原くん。」「塚原くん。」

 勘違いしそうになる。距離感を間違えそうになる。

 たまに総務に行くと、一目で見渡せる狭いフロアなのに、無意識に彼を探している自分にふと気づく。
 彼を見つけるとじっと見つめてしまう自分に。見つけられない時はがっかりしてしまう自分に。

 そして気づいてしまう。彼が僕に気づいて微笑みかけてくれる時、僕に声をかけてくれる時、なんとも言えない幸せな気持ちを感じていることに。

 この感情は、なんなのだろう?

 相手は12歳も年上の男性だ。子どもだっている。僕は、なにを血迷って、こんな感情を持て余しているんだろう?
 こんな、まるで10代のガキなような…

 そして、営業に異動して1年が経った今、現在。
 ようやく、営業として人との距離感に慣れてきたと思えるようになった途端の、このコロナ。

 三密を避けろ、だの、ソーシャルディスタンスをとれ、だの、リモートワーク推奨、だの言われ。
 事務所のレイアウトは大幅に変更させられ、部門間の行き来もなるべく減らせと言われ。

 こうやって、人と人との関わり合わいが無い世の中が出来上がっていくんだろうか、などと考えてしまう。
 そして、焦る。

 小さい子どもを抱えているあの人は在宅勤務がメインとなり、僕はあの人に会う機会をめっきり失ってしまった。

 メール、あるいはたまに彼が出社しているときの内線電話でしか、彼との繋がりがない現実に苛立つ。
 そして、仕事上の付き合いがほぼない僕と彼では、その内線という接点すらほとんど無いという事実に、愕然とする。

 コロナ禍の今、堂々と触れ合えるのは家族という括りだけなのだという現実を痛感する。

 だったら。
 家族になれば自由に会えるのか?
 自由に、触れ合えるのか?

 あの、すっと背筋の伸びた背中を、しなやかな美しい動きをする手を、僕の腕の中に閉じ込めても許されるのか…?
 
 自分の考えにはっとする。
 こんなことを考えるなんて、僕は。
 彼に触れたいと、そう思っているのか…?

 いやいやいや。
 一体、僕は何を考えているんだ?
 おかしなことを思いついてしまった自分を、慌てて否定する。

 そして、

『彼は僕よりずいぶん年上だ。』

『彼には子どもがいる。』

『何より彼は、「彼」だ。』

 それから、それから…

 精一杯、彼とは「家族」になれない理由を挙げてみる。

 では、これらが解消されれば、僕にも、彼と家族になれるチャンスはあるというのだろうか?
 彼と自由に会い、自由に触れ合える、と…?

 あり得ない。
 そんなことは、あり得ない。

 あり得ない、が。
 もし、万が一、これらの「障害」が無くなったとしたら…、そのとき僕は、どうするのだろう?どう、動くのだろうか…?

 動く、のだろうか?

作品名:今だから 作家名:萌木