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よ う こ そ

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(十五)終 北の大地で


 翌年の夏、富田邸が完成した。一流の設計士により、周囲に調和した豪邸が建てられた。芦屋の邸宅は人に貸すことになり、ばあや夫婦もこちらに来て、新居の管理を任されることになった。
 そしてもう一組、カップルが誕生していた。彩香の手伝いの光代と、勲の酪農仲間の正夫だ。二人は彩香が別荘としていた家に住むことになった。光代は通いで彩香の手伝いを続け、そして、正夫は実家の酪農を兄に任せ、勲の元で働くことになり、富田ファミリーに加わった。
 その再出発を前に、この二組の結婚式が地区の集会所で行われることが決まった。前回リフォームされたばかりの集会所は、今回新たに増築され、ささやかながらも披露宴が行われる設備も整えられていた。今後はさらに手が加えられ、宿泊施設を兼ねた地域の観光業の試金石となる予定である。
 
 その資金源は、もちろん彩香だ。この村の発展に寄与できることが、彩香の望みであり喜びであった。
 結婚してからも家事はばあやと光代が担い、彩香は芦屋暮らしをそのまま、この北の大地に移すことになる。一風変わった家族の暮らしとなるが、富田家の誰もが彩香に普通の主婦を求めはしなかった。今のままの彩香が家族それぞれにとって、自慢の妻であり、自慢の母であり、自慢の嫁であった。とにかく彩香は別格なのである。いつでも誰にでもやさしく、そして凛として美しかった。
 定期的に集会所でランチ会を催したり、ピアノやフラワーアレンジメント教室を開いて、地区の婦人たちを招いた。初めのうちは都会の風に戸惑いを見せていた村の女たちだったが、懇切丁寧な指導や気取りのない居心地の良さに、しだいに溶け込んでいった。
 庶民から見た金持ちの印象を一変させた彩香は、「北の奥様」と呼ばれ誰からも慕われた。
 
 
 結婚式の当日がやって来た。
 勲と彩香は自分たちに注目が集まることを考慮し、合同ではなく午前と午後に分けて行うことにした。
 午前の部の正夫と光代の会は、若者らしくにぎやかな笑い声に包まれた楽しい披露宴になった。出席した村人たちは、それが前座であると内心思いつつも、若い二人の門出を心から祝った。
 そして、いよいよ勲と彩香の式が始まった。みんなが固唾を飲んで迎えた新婦は驚くほど質素なウェディングドレスをまとっていた。もっとも、それがより一層彩香の美しさを引き立ててはいたのだが。
 芦屋のお嬢様の花嫁衣装、見たこともないような華やかなドレスを期待していた村人たちは拍子抜けしたと同時に、彩香という女性のキャラクターに改めて首をひねった。だいたい、こんな田舎の子持ち男の元へ嫁いでくることからしてかなりの変わり者だったことを、改めて思い出さずにはいられなかった。
 気を取り直すように、司会者が開会の宣言をした。
「おめでとうございます! 富田勲さん、
 そして新婦の彩香さん、ようこそ! 北の大地へ」
 
 
 小さな牛舎の隣に建つ新居で始まった勲と彩香夫婦、茂と春子、そして貴美子の五人の暮らし。隣の母屋の方にも手が入れられ、そこはばあや夫婦の住まいとなった。
 家のことはばあやと光代が全てやってくれるので、貴美子は菜園の手入れに励んだ。牛舎では勲と正夫が忙しく働いている。そして、彩香は集会所での地区の婦人会活動に取り組む毎日。そんな中でも、彩香は子どもたちとの時間をとても大切にした。家事は人任せだが、家族との心のつながりは決して怠ることはない。
何でも勲に相談し、常に勲を立てた。また、貴美子の通院にはいつも隣に彩香の姿があった。そして、日傘を差した彩香を挟んで子どもたちと散歩する姿がよく見かけられ、その光景は村人たちの心を和ませた。
 
 
 こうして、かつての「深窓の令嬢」は「北の奥様」として、この大地に根を下ろした。
 自然を損ねることなく新しい風を吹き込まれた村は、時代に取り残されることのない穏やかな変化を遂げつつある。村人たちは「北の奥様」を歓迎し、彩香もまた、温かく受け入れてくれた地区の人たちとの交流を大切にしている。そして何より、心の通い合う家族に囲まれての毎日に幸せを感じ、この出会いに心から感謝した。
 勲も同じく、いや彩香以上に今この時に満足している。そして、すべての始まりである新聞広告をしみじみと見つめるのだった。
 
 
『 酪農家の花嫁募集! 当方子ども二名有 北海道帯広郵便局留 富田勲 』
 
 
 
 
 
 
                  完

作品名:よ う こ そ 作家名:鏡湖