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よ う こ そ

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(十)運動会の秋


 二学期が始まり、本当の日常が戻ってきた。
 そんなある日、茂が牛舎へ来てこんな話をし始めた。
「父さん、秋の運動会だけどさ、おばさん来てくれないかな?」
「どうしてだ?」
「春子のやつ、おばさんに買ってもらった人形にいつも話しかけているだろ? この前あいつ、友だちの母さんの話をしていたんだ。その友だち、母さんが応援してくれるからかけっこがんばるんだってって」
 
 勲は早速その晩、運動会の話を彩香にメールで送ってみた。会うまでは局留めの文通だったが、こちらに来た時に交わしたアドレスが連絡先になった。子どもたちの旅行中、彩香はこまめにその様子を伝えてきてくれていた。
 すぐに、運動会の日にちを尋ねる返信が来た。勲は日にちとともに、これからは用がなくてもメールを送ってもいいか聞いてみた。すると、こんな返事が返ってきた。
『 運動会、楽しみにしています。それから、用のないメールも 』
 
 
 北の大地での運動会は、抜けるような青空のもとで行われた。村の小中学校が合同主催で、村人たちも参加するのが恒例だ。そんな村を挙げての運動会に、今年は新しい参加者が加わった。Tシャツ、パンツ姿の彩香である。借り物競争では春子と手を繋いで観客席に向かい、指定された物を探し求めた。茂とは二人三脚走で肩を組んで走った。そんな光景を、勲を始め村の連中は驚きの目で見つめていた。
「あの時の芦屋の奥さまだべ?」
「今日はずいぶんと感じが違うな」
「そうだ、土産の礼を言わなくちゃな」
 
 村人たちに溶け込んで、楽しそうな笑顔を浮かべている彩香の姿に驚いている人物がもうひとりいた。それは同行してきた光代だった。
 席に戻ってきた彩香に光代が言った。
「お嬢さまのあんな活発な姿、初めて見ました。運動お好きだったんですね」
「ええ、そうね。小さい頃から両親が危ないからって、スポーツはやらせてもらえなかったからわからなかったけど」
「写真、ばっちり撮っておきましたから」
「あなたも正夫さんとの二人三脚、楽しそうだったわね。お似合いだったわ」
「いえ、そんな……それにしても、春子ちゃんうれしそうでしたね」
「私も同じくらいうれしかったわ」
 
 
 それから、集会所で打ち上げが行われ、大人たちが帰宅したのは夜遅くだった。子どもたちと夕方戻った貴美子が勲と彩香、光代を出迎えた。
「またお世話になります」
「まあま、お疲れでしょう。風呂に浸かって休んでください」
「ありがとうございます」
「さっきまで春子が起きていて、彩香さんを待っていたんだよ。どうしても彩香さんと一緒に寝るって」
「ウチにいた時もそうでしたね、お嬢さまから離れませんでしたもの」
 
 
 翌朝、学校へ向かう春子を彩香は途中まで送っていった。そして、帰ってくると牛舎に向かった。
「あのー、後でちょっとお話が」
「じゃあ、休憩時間にその辺で」
 
 家に戻ると、光代が貴美子の手伝いをしていた。
「光ちゃん、後でちょっと勲さんと話してくるわね」
「お嬢さま、私もお昼にちょっとお時間をください」
「あら、正夫さんかしら?」
「ええ、まあ」
 
 
「昨日の今日で、お疲れじゃないですか?」
 勲と彩香は農道を歩いていた。
「ええ、ちょっと筋肉痛かしら」
「それじゃ、あそこの木陰にちょうど座れる切り株がありますから、少し休みましょう」
 しばらく行くと、勲の言う通り、そこには天然のベンチがあった。彩香は腰掛けるなり、こんな話を持ちかけた。
「ご相談があるんですけど、近くに別荘を造りたいと思いまして」
 勲は目を丸くして驚いた。
「別荘!?」
「ええ、来るたびにお世話になるのもなんですから」
「はあ」
 勲は金持ちの考えることについて行けないと正直思った。たしかにこの辺りに宿泊する施設などない。だからと言って、いつ来るかわからない場所に別荘?
「いやあ、この辺りに別荘なんてありませんし、狭いですがウチならいつでも気兼ねなく遊びにいらしてください」
「この辺りの地主さんか、不動産屋さんを紹介してもらえませんか?」
 勲の言葉を無視するかのように彩香が尋ねた。
 彩香はいったい何を考えているのだろうか……。
(この土地がそんな気に入ったのか? 春子が懐いてかわいいのか? そもそも俺の花嫁募集の呼びかけから始まったことだが、彼女の関心は俺には向けられてなさそうだ。それに、生活水準のあまりの違いにも無理を感じる。これ以上の深入りはやめておくべきか……)
 
 
 午後から彩香はひとりで出かけて行った。そして、春子が学校から帰ってきて彩香がいないことに気づき、すぐに集会所へ走った。そして夕方、二人は手を繋いで夕陽の道を帰ってきた。
 こうして、今回も二泊三日の滞在を終えた。

作品名:よ う こ そ 作家名:鏡湖