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よ う こ そ

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(一)新聞広告


 心地よい風が吹き抜ける広大な北の大地。冬は長く雪に覆われるが、春になると草花が芽吹き、初夏を迎えた今は気持ちのいい季候となる。そんな自然の中に点在する牛舎。その一つを経営する富田勲は、いつものように牛の世話に追われていた。
 勲の一日は、まだ夜が明けきらぬ朝四時から始まる。牛舎の清掃、牛の餌やり、そして搾乳。日中は、近くの牧草地で放牧もする。大規模経営が多くなりつつある中、昔風の酪農を続けている。こだわりがあることも事実だが、借金を抱えてまで経営を拡大する勇気がないというのも正直あった。まして、五年前に相棒である妻は幼い子ども二人を残し他界してしまっていた。
 そんな勲はある決意を固めていた。
 その夜、子どもたちが寝ると、紙に向かいペンをとった。
 
『 酪農家の花嫁募集! 当方子ども二名有 北海道帯広郵便局留 富田勲 』
 
 
 翌日、地区の集会があった。家族経営の酪農家たちが集まるもので、集会というより飲み会のようなものである。その席で、勲は思い切って例の話を打ち明けた。
 
「そうだな、嫁さんを見送ってもう五年、そろそろって時だな」
「でもよ、今時新聞広告ってあり得ないよ」
「そうそう、どう考えたってネットだろ?」
 こんな反応するを仲間たちに、勲はこう反論した。
「ネットの時代だからこそ、あえてアナログでの出会いを求めてみるんだ。同じ感覚の人に出会いたいからな」
「こんなド田舎の男やもめ、二人のこぶ付き、どこをとっても女性の興味をひくところはないと思うけどな」
 そんなことは百も承知の勲は、サラリと受け流した。
「悪条件を先に出しておけば、会った時に気楽に話せるさ。それを承知で来てくれたわけだからな」
「おまえって、最高にポジティブなヤツだな」
 
 
 広告を出して二週間が過ぎたある日、勲は農道で仲間の正夫と出くわした。正夫はまるでこの時を待っていたかのように、興味津々に聞いた。
「どうだい、反応は?」
「ああ、今のところまだだ」
「やっぱりな。冷やかしで一通くらい来そうなもんだがな」
「今週、もう一度出してみるつもりだ」
「やめておいた方がいいんじゃないか? 広告代、高いんだろ?」
 
 
 次の集会でも、会話の中心はやはり勲だった。そして、なんと一同が驚くことに、一人の女性から連絡があったという。勲は達筆で書かれた自分宛ての封筒を得意気に見せて言った。
「ほら、やまとなでしこは存在するんだよ」
 みんなはその封筒を取り囲んでまた勝手なことを言い始めた。
「字が上手いからって、美人とは限らないよな」
「だいたい本当に女かどうかもわからない、髭でも生えてたりしてな」
「あれ、差出人の住所、兵庫県芦屋だとよ」
「ほんとだ! 高級住宅地で有名なところじゃないか」
「いや、局留めになっているから、住所とは限らないぜ」
「でも、積極的に出てみる価値はあるさ。ばあちゃんも歳だろ? 早く進めた方がいいぜ」
「そういえば、広告にはばあちゃんのこと書いてなかよな?」
 仲間の問いに勲が答えた。
「ああ、文字数を少しでも少なくするためにな」
「でも、それって重要な情報だから早く知らせた方がいいぜ」
「そうだよ、結婚詐欺で訴えられるぞ」
「おまえ、言い過ぎだべ」
「ああ、もう少し詳しい事情を伝えるよ。俺も正直完全に信じているわけじゃない、だからどこまで打ち明けるか迷うさ」
「そうだろうな、やっぱり実際会ってみないとな」
「そうだそうだ、髭が生えてないか確認すんべ」
 
 
 勲は、早速返事を書いた。
 まず、連絡をくれたことの礼を述べ、それから五年前に妻に先立たれたこと、小さな牧場をやっていること、家族は中学一年の長男と小学一年の長女、そして六十五歳になる母がいること――
 
 どんな返事が来るだろうか? いや、はたして返事そのものが来るかどうか……。互いに局留のやりとりで住所すら知らない。これっきりになってもおかしくない状態であった。
 でも、三笠彩香――美しい筆跡で書かれた封筒を見つめていると、とてもいたずらや騙しなどということは考えられない。そして、勲は何度もその手紙を読み返すのだった。
 
『 富田勲さま
 
 新聞広告を拝見してなぜか心惹かれました
 でもお返事を差し上げる勇気がなく、時を過ごしていました
 そんな時、さらに広告を出されたのを目にしまして、思い切ってこの手紙を書きました
 まずは、牧場の暮らしぶりなどお聞かせいただけましたらと思います
 
                          三笠彩香 』

作品名:よ う こ そ 作家名:鏡湖